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翼は少々焦っていた。もし今アオが戻ってきたら先生を呼んでいないことがバレてしまう。
「大事なもん、無くしちまって…」
そう言った結城が焦ったように髪をかきあげると、濡れた額がいっそう露になった。
その際に舞った微かな汗の匂いを、吸血鬼の敏感な嗅覚は逃さなかった。
刹那、翼は衝動的な欲求にとらわれた。
(──美味そうな香り)
『人間の汗の原料って、血液なんだって』
そういえば、いつだったかアオがそんなことを言っていた。翼はぼんやりとした意識の中で思い出す。
(欲しい)
間近にいる結城が、ひどく魅力的に見えた。
それはもちろん性的対象などではなく──補食対象として。
「…大事なものって?」
「それは、その、だな」
翼は言いよどむ結城の腕を掴み、本能に突き動かされるままに彼を引き寄せた。
「うおっ!?」
引っ張られた結城は、翼に覆い被さるようにどさりと倒れこんだ。
「いって…。おい、どうした?大丈夫か?」
翼と結城、二者は吐息がかかるほどに近づいていた。翼の目は欲望に、結城の目は困惑に揺れている。
翼は口を大きく開き、結城の首筋にその牙を───
「翼ーーー!!!」
バーンと屋上のドアを開けたのは、他ならぬアオだった。
アオは結城を見て一瞬ぎょっとしたが、その首筋に血痕がないのを確認して安堵した。
「どいて、結城くん!」
アオは結城を慌てて押し退け、手に持っていたペットボトルの蓋を開けて翼の口に突っ込んだ。翼はいきなりやって来た血液の暴力的な旨さに翻弄されながらも、がむしゃらにそれを飲んでいった。
結城は、ぽかんとその光景を見つめていた。
「…倉野、その飲み物、なに?」
「えっ、ええっと……。ス、スーパーミラクルハイパードリンク、だよ!!」
「スーパーミラクル…何?」
「ハイパードリンク!!これを飲めばどんな貧血も病気も、イボ痔も音痴も治るんだよ!」
「そ、それはまずくないか?」
「美味しいよ!」
「そういう意味じゃなくて…」
結城は、ペットボトルを突っ込まれる翼を困惑したまま見つめながら、アオに尋ねた。
「…ていうか倉野、先生呼びに行ったんじゃなかったのかよ」
「そのつもりだったけど。転校早々騒ぎになってこれ以上目立つと、翼がかわいそうだったから。そういうのすごく気にするし。それにまずは人を呼ぶより、いつも飲んでるこの薬の方が効くはずだと思ってね」
夢中で血を飲む翼に、その会話は聞こえていない。
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作者名:ぺぺこ | 作成日時:2019年8月21日 4時