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梅野は心が痛んだ。
(別に僕は、女の子が嫌いな訳でもチョコが嫌いな訳でもない…。でも、どうしてもこの日は色々なことを思い出してしまう)
梅野は例のバレンタイン事件以来、兄以外の人間の作ったものが食べられなくなっていた。
自分宛にもらったものを人に押し付ける訳にもいかない。
つまり、このチョコクッキーは捨てなくてはならない。
(…こんなだから僕は、嫌われるんだろうな)
暗然とした思いで自室のベッドにうずくまっていると、階下から瑞季の声がした。
「おーい。ちょっと下りてきてー」
(…なんだろう)
「いま行く」
梅野がゆるゆると身体を起こし階段を下りていくと、笑顔の瑞季が立っていた。
瑞季は手に持った紙切れをひらひらと振りながら言った。
「このメモに書いてあるものを、今から買ってきて」
「ええー…」
梅野は普段から瑞季に使いっぱしりにされることが多い。兄には普段から助けられているのでそれは構わないのだが、今日ばかりは乗り気になれなかった。
「今日は行きたくな…」
「だめだよ。今日こそ行かなきゃ」
「…なんで」
「大切なことだから」
こんな時に限って瑞希は頑なだった。
梅野が仕方なく瑞季から紙を受け取ると、それに書かれていたのは予想外のものだった。
「生クリームに、板チョコ、ココア…って、これ。兄さん、もしかしてチョコレートでも作るの?」
「違うよ。きみが作るんだよ、チョコ」
「へ?」
「いいかい」
瑞季はそっと弟の手を握り、まっすぐ弟を見つめながら言った。
「毎年辛い思いをすることはないんだよ。きみが克服しようと、立ち向かおうとしているのはとても凄いことだ。だけど、やっぱり可愛い弟がそんな顔をしているのは、僕だって悲しい。横で黙ってきみが傷つくのを見ているなんてしたくない」
(…兄さん)
自分を見つめる兄の瞳は、昔からずっと変わらないなと梅野は思う。
梅野が辛いときは、いつも瑞季が力を貸してくれた。
おちゃらけた兄でも案外頼りになるのだということを思い出すと、梅野は微笑みたくなった。
「じゃあ、兄さん。僕にチョコを作ってどうしろと言うの?」
「Aくんに、チョコをプレゼントしてあげて」
「…なんだか、そう言われるような気がしてたよ」
「ふふ。きっと喜んでくれるよ。…辛い思い出を、一緒に塗り替えちゃおう」
梅野は頷き、急いで材料の調達に向かった。
「今日作るのは本当に簡単なものだよ。だから気を楽にしてね」
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すらいみーる@元もちづき(プロフ) - 以前からぺぺこさんの作品を読ませて頂いているのですが、すごくおもしろくて更新とても楽しみにしてます!!!これからもぺぺこさんの一ファンとして応援してます! (2018年9月11日 23時) (レス) id: 3b52443fef (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ぺぺこ | 作成日時:2018年4月14日 21時