末広鐵腸 ページ5
「大人になったら婚姻を結んでいただけるだろうか」
そんな甘い言葉を堂々と云ったこと。
どうせ忘れてるんでしょうね。
事務仕事も悪くない。軍警で事務員として働き始めた。以前の仕事では職場の同僚に告白されフッたところ、職場の雰囲気が悪くなり私が退職せざるを得なくなった。
フッた理由は勿論、「幼い頃の約束」。
淡い初恋。相手も本気じゃなかったかも。というか絶対忘れてるでしょ。元々天然なところあったし。そんなこんなで私は初恋を引きずっている痛い女になった。
彼はかっこよかった。同級生の中で一番モテていた気がする。運動できたし。
でも、私が惹かれたのは其処ではなくて不思議ちゃんだったところかな。
口調変だったし。蟻をずっと見てたし。食べ物の食べ合わせ変だったけど。
でも優しかったし、正義の人だったし。時折見せるカッコよさも。好きだった。
中学三年生の夏に転校していって其処からは年賀状のやり取りだけ。
彼は毎年、個性的な干支の絵と「これとこれの食べ合わせが善い」というアドバイス(?)を
書いて送ってきてくれた。一番知りたい「今何しているのか」と「私の事まだ好きなのか」なんて
1mmもなかった。聞くのも厭だし。フラれたらきついし。
其れで私は今も宙ぶらりんのまま生きている。休憩時間になったようで、皆別々に休憩を取りだす。
私は中庭に行ってお弁当を食べることにした。
卵焼きを食べていると突然、白髪の人に声を掛けられた。
「すみません、あの莫迦…じゃなかった癖毛の長身で桜の入れ墨の私と同じ軍服の人、見かけませんでした?」
莫迦と聞こえたのは無視しよう。関わっちゃいけない。
桜の入れ墨以外はあの人と特徴が合致しているが、彼がここにいるわけがない。違う人だ。
「見ませんでしたけど…猟犬の方ですか」
流石に軍警勤めだ。猟犬ぐらいは知って居る。軍服を見る感じ猟犬だろう。
「はい、実は同僚が居なくなってしまいまして。突然『走ってくる』と云って行ってしまったもので」
困っているのだと。
「私も探すのを手伝います」
なんかあの人に似ている。親近感しか湧かない。もしかしたら分かるかも。
「何という方なんですか?」
「末広鐵腸さんです」
息が止まりそうだった。
「どうなさったのです?」
白髪の人、条野さんに凡てを話し、一緒に探している。
「鐵腸さんが?酷いですね。女性に約束しておいて」
「いえ、子供の時の約束を本気にしている私がダメなんです」
続く
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作者名:神無月 | 作成日時:2023年1月16日 18時