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昼ご飯を持ってきた看護師さんの声を背中で受け止め、
返事をして椅子を引いて立ち上がる。
それから、ベッドに戻る。
ーー 戻る。
たったそれだけなのに…
床に張り付いた手は冷たくて、
視界には無機質なつまらない色が一面に広がってる。
なんで、俺の戻る場所はここじゃないでしょ。
ぐらりと揺れた視界で床に倒れこんで、
咄嗟に着いた掌と膝がジンと熱くなった。
目の前にあるのに、こんな近くにあって、
もう少しで手が届きそうなのに。
立ち直そうとしただけで視界が揺れて、
ガタガタとすごい速さで引き戻される。
「大丈夫ですか!?」
「あ、すいません…」
「無理に立とうとしなくていいですよ。少し深呼吸しましょうか…」
何も上手くいかない苛々と焦りのせいなのか
このやっかいな体のせいなのか、なんか息がしづらいし。
「………はぁっ、」
手足はびりびりと痺れてる。
本当に嫌になる。
ちゃんとしろよ。
ちゃんと動けよ。
「…………」
こんなんで、会えるはずがない。
こんな気持ちで、こんな姿で…
会いたくない………
そう思った瞬間、
ひどく情けない声が洩れた。
「…うぁ…っ、」
なんでか分かんないけど悔しい。
拳で床を殴ってみても痛くなかった。
それよりも、悔しくて情けなくて。
「先生来てくれますからね」
もう悲しませたくなんかないのに。
それでも会わないでいる時間が増えるほど
会いたくない気持ちが募っていく。
頭の中で造られたイメージが勝手に溢れ出して、
みんながどんなだったか分からなくしていく。
頭の中がぐちゃぐちゃで、
脳みそは、ぼーっとしていて全然思い出せない。
ああ、もう。
こえーよ会うのが。
顔を見るのが。
何かが変わるのが。
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作者名:おもち | 作成日時:2021年10月1日 10時