152話 ページ50
いつの間にか衛兵は何処かへ行ってしまったらしい。なかなか返事をしない井宿の顔を覗き込むその表情が、次第に焦れていくのが分かる。
「かーっ！もう！あんた達最近ヘンよ！何よ、何なのよ、あたしらにも言えないような話なの？どうなの！？」
「だっ、ちょ……柳宿、落ち着いて欲しいのだっ」
「落ち着いてられますかっ！あんたはどんよりしっぱなし、おまけに居眠りしていっちょ前に風邪ひく、Aは泣く、翼宿も挙動不審……おかしなことだらけじゃない」
まくし立てるその勢いで思わず、叱られた子供のように目を伏せた井宿だったが――もうそれ以上の怒号は飛んでこなかった。
代わりに、こんな穏やかな言葉が耳に届いた。
「話してみれば？これでも、心配してんのよ」
喉からこみ上げる熱をぐっとこらえて、井宿は柳宿の声に応える。うっかりすると泣いてしまいそうなくらい、嬉しかった。
「少し、座らせてもらうのだ」
「そんなにしんどいなら部屋で聞くわよ」
「いや。ここでいい……」
あまり歩きたくもなかったし、そこまでしてもらうのも悪い。井宿は床に尻をついて壁に凭れると、ぽつぽつとここ数日の出来事を話していた。
雪が漠然とした不安や、使命への重圧を感じ始めている事、自分はろくに慰めてもやれなかった事。
それから、これは相当ぼかして話したのだが、そんな状態で欲してしまった事。
「……ふうん」
それまで黙って聞いていた彼の返事と表情は、ひどくあっさりしたものだった。
「あんたバカねえ」
ふん、ともう一度鼻を鳴らして、未だ寝起きそのままの髪をくしゃくしゃと掻いた。
「今もちゃんと、あの娘が好きなんでしょ？」
「好きどころの騒ぎじゃないのだ」
戸惑うように一呼吸おいて、もう一言。
「……どうしようもないほど愛してる、のだな」
「かぁ。それは本人に言ってやんなさいよ」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
