141話 ページ39
雨はまだ、やんでいない。
ぎょっとしたような門番の衛兵――今朝見回りをしていた例の彼だが、その慌てた動きには目もくれず、井宿は夜の街へと駆け出していた。
なんでも、思い立った時に。この数日はあれこれ先延ばしにして随分と痛い目を見た。ここで学習しなければ、色々と取り返しがつかなくなるような気がした。
あの女が言っていた「早くしないと」は単なる挑発というか、脅しだと思うが……何かしらの危険があったにせよ、Aには翼宿がついているわけで。
果たして近くに飲み屋は何軒あっただろう。明かりのついている店を、片っ端から当たるしかないかもしれない。
「ふう……」
いきなりの全力疾走でさすがに目眩がして、立ちすくんだ通りのど真ん中。明かりのともる建物は、見当たる範囲には無かった。
雨を含んだ服が、とてつもなく重い。万全でない体からじわじわと、厭味ったらしく体力や熱を削っていく。
「…………、」
その時ふと向こう側から、誰かが歩いてくるのが見えた。これだけの雨を鬱陶しがる素振りもなく、ただ、真っ直ぐにやって来る。
それはとても異様な気配だった。
おかしい人間と関わり合いになる必要もないと、目を合わせず普通にすれ違ってやり過ごそうとしたのだが、すれ違いざまにそいつは、こんな事を言った。
「仲間だとか、友情だとか。とかく、脆いものだな、芳准」
ぞくりと背筋が冷えて、振り返りながら無意識に構えていた。相手の背中が小刻みに震えて、笑いを噛み殺しているように見える。
「貴様――、誰なのだ？どうしてその名を知っている」
「昔は俺達も"そうだった"だろう？」
「何を……」
「信じるだけ無駄だ」
雨の霧の中に、かき消えた背中。
どこかで聞いたような声。
「――っ」
明らかに人間ではないものを相手にしていたのだと理解した瞬間、体が震えた。
実際これが病的な寒気なのか、心因性なのかは分からない。どちらにせよきっと今は、ひどく青ざめていることだろう。
同時に襲ってくるこの焦燥感は、なんだ……？
「どういう意味だ……！」
井宿はようやく元の進行方向へ体を戻し、再び走り始めた。
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