アップ・リット心地よい読後感を【ARS】 (ページ3)

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「はぁ、緊張するなぁ」
ネクタイを締め直して振り仰いだ櫻井翔は
高層ビルに向かって気合いを入れ直した。

「やぁ、櫻井くん、おっ決まってるね」
「あ、岡田さん、今日は宜しくお願いします」

腰を折って翔が挨拶したのは大手出版社の編集長の岡田准一。
翔と一つ違いだが、２０代でリーダーの頭角を現し見る見るうちに出世街道を掛けあがった男だった。

「そういう岡田さんはいっつも決まってるじゃないですか」
「それはどうも」

翔の言葉に嬉しそうに眉をあげて岡田は目を合わせた。

大手出版社･株式会社SUMIKAWAの岡田は
出版関係者の集うパーティーで知り合った
翔を気に入り何かというと連れ出してくれる
のだ。

岡田は沢山の役員クラス級の人物と堂々と
渡り合い、次から次に翔は名刺交換して
いく。緊張感を伴う交流パーティーも
中盤に差し掛かり、翔は休憩も兼ねてホール外のラウンジのソファに腰かけた。

「大丈夫？ちょっと連れ廻し過ぎたかな」
そこへ岡田が翔に声をかけた。

「いいえ、電話に着信ないかと気になった
だけです」
「そう？いや～、櫻井くんの評判がウナギ登りで取られないように抜け出しちゃうか？」
「岡田さん、俺をだしにしないで下さいよ。
自分が帰りたいんでしょ？」
「はは、バレたか？」

屈託なく笑う岡田は先ほどとは違い、
表情は柔らかかった。

滞りなくパーティーは終了し、翔は
岡田に誘われて馴染みの居酒屋へ
向かった。

頼んだビールで乾杯した後、岡田は口を
開いた。

「仲間とやってる店、上手くいってる
みたいだな」
「ええ、順調にやってますよ」
「そっか…、やっぱりこっちには来てくれない
かな？」

そう聞くと一口ビールを流し込んで、岡田は
翔を見た。

「ごめんなさい…、俺」
「もう一拍くらい待ってくれよ、早いな、
返事」

眉を下げて岡田に向かって黙って頭を下げた。

「俺、しつこいぞ、まだまだ諦めないからな」
と言ってフフっと声を出しながら岡田は笑った。だが責める風でもなく、あくまで穏やかだった。

岡田は翔の的確な批評や、関係者への立ち回り姿を高くかっているのだ。
割りと初期段階から何度も引抜きの話は
出ていたのだ。

「今度、櫻井くんの店にも寄らせてもらうよ」
「はい、是非来てください。仲間を紹介したいですし」
「競争相手とご対面だな」
「ははっ、冗談はやめて下さい」

岡田も翔と目を合わせると笑って
残りを飲み干した。