検索窓
今日:10 hit、昨日:184 hit、合計:3,229,088 hit

short story. -立浪草が香る頃に- ページ44

藍沢先生と患者さんである香坂さんの、お話。


ページ少し多め + 悲恋要素強めです。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
(藍沢)

医者は、万能ではないと痛感する。



電子カルテに目を落としてから、俺は目の前のベッドで眠る女性に目を向けた。



香坂Aさん、29歳。



彼女のこの小さな身体は、脊髄小脳変性症という病気に蝕まれている。



手足や言葉の自由を徐々に奪われながら、最後には体の運動機能を全て喪失してしまう難病だ。



いまでは酸素マスクをしながら、わずかではあるが会話のできる状態で。



────恐らく、もう…。



最近、毎日のようにご家族が見舞いに来ている。



Aさんが翔北に入院したのはこれまでも何度かあったが、担当医とカルテの状況によれば、これが最後の入院だと、本人も分かっていたようだ。



「………せ…、んせ」



ほんとうにかろうじて聞き取れるくらいの小さな、囁きのような声にはっと顔を上げれば、Aさんは嬉しそうに目尻を下げて笑っていた。




彼女の特有の笑い方だ。



「…すまん、起こしたか」



ふる、とひとつ首を振る────その動作でさえ、こんなにも危うく見える。



「………ひとつ、……い…たいの」



ひとつ、言いたいの。



いつからだろう、彼女の口元に耳を寄せるようになったのは。



いつからだろう、彼女の命を失いたくないと思うようになったのは。



「…ぁ、のね、……────……、…」



ほんのり色づく薄い唇から漏れた囁きを、俺の耳はきちんと聞いていた。



長い睫毛に縁取られた目尻から、涙が一筋滑り落ちる。



満足げに笑って見せた彼女の頬をひとつ撫でる。



そのときの俺は、彼女の望む顔をしてやれていただろうか。



「────俺もだ」



心が、あたたかいもので満たされるような感覚とともに、締めつけられるような苦しさがある。



これは、この感情の名前は。



「………よかっ…た……」



Aさんの瞼が閉じられていく────慌てて胸のあたりを確認すれば、きちんと上下していた。



────ったく、眠るなら言ってくれといつも言ってるだろう…。



このひとは、いちいち心臓に悪い。



いまだって、そうだ。



────いつから、気づかれていたんだろうな。



それこそ、初めて会った日だろうか。



────はじめまして、香坂Aです。



そう言って笑った彼女のそばには、立浪草の植えられた小さな鉢があったのだ。

2→←short story. -Because of love-



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (982 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
3705人がお気に入り
設定タグ:コード・ブルー , コードブルー , 藍沢耕作   
作品ジャンル:恋愛
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

Koto(プロフ) - リクエストなんですが、shortstoryで三井先生が香坂先生を溺愛するお話が見てみたいです! (2017年9月23日 11時) (レス) id: e1c8bdc482 (このIDを非表示/違反報告)
うみ - 藍沢とくっつけてほしいです! (2017年9月1日 5時) (レス) id: 4dd38bd3ac (このIDを非表示/違反報告)
ayanel(プロフ) - あおいさん» コメントありがとうございます。リクエスト了解しました、短編で書かせていただきますね(*^_^*) (2017年8月24日 13時) (レス) id: 61d33ebdb1 (このIDを非表示/違反報告)
あおい - ずっと楽しく読ませてもらってます!伏線の張り方とか心情描写まで丁寧で引き込まれます。しかもネタもつきないしすごいですね!!リクエストなんですが、京先生が大阪の病院でモテて、白石先生がそれにちょっと嫉妬する?みたいなものが見たいです! (2017年8月23日 23時) (レス) id: c0afa0c28c (このIDを非表示/違反報告)
りな(プロフ) - 前作時にはコメ返ありがとうございました!4話読みました。歩那ちゃんの存在が気になります。香坂先生にとって良い刺激といいますか、そうなってくれるのが楽しみです!又短編立浪草のお話も読みました。一週間でも幸せだったのだろうと思うと凄く切なくて泣けました。 (2017年8月15日 1時) (レス) id: 68a6b7d888 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:ayanel | 作成日時:2017年8月8日 10時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。