short story. -立浪草が香る頃に- ページ44
藍沢先生と患者さんである香坂さんの、お話。
ページ少し多め + 悲恋要素強めです。
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(藍沢)
医者は、万能ではないと痛感する。
電子カルテに目を落としてから、俺は目の前のベッドで眠る女性に目を向けた。
香坂Aさん、29歳。
彼女のこの小さな身体は、脊髄小脳変性症という病気に蝕まれている。
手足や言葉の自由を徐々に奪われながら、最後には体の運動機能を全て喪失してしまう難病だ。
いまでは酸素マスクをしながら、わずかではあるが会話のできる状態で。
────恐らく、もう…。
最近、毎日のようにご家族が見舞いに来ている。
Aさんが翔北に入院したのはこれまでも何度かあったが、担当医とカルテの状況によれば、これが最後の入院だと、本人も分かっていたようだ。
「………せ…、んせ」
ほんとうにかろうじて聞き取れるくらいの小さな、囁きのような声にはっと顔を上げれば、Aさんは嬉しそうに目尻を下げて笑っていた。
彼女の特有の笑い方だ。
「…すまん、起こしたか」
ふる、とひとつ首を振る────その動作でさえ、こんなにも危うく見える。
「………ひとつ、……い…たいの」
ひとつ、言いたいの。
いつからだろう、彼女の口元に耳を寄せるようになったのは。
いつからだろう、彼女の命を失いたくないと思うようになったのは。
「…ぁ、のね、……────……、…」
ほんのり色づく薄い唇から漏れた囁きを、俺の耳はきちんと聞いていた。
長い睫毛に縁取られた目尻から、涙が一筋滑り落ちる。
満足げに笑って見せた彼女の頬をひとつ撫でる。
そのときの俺は、彼女の望む顔をしてやれていただろうか。
「────俺もだ」
心が、あたたかいもので満たされるような感覚とともに、締めつけられるような苦しさがある。
これは、この感情の名前は。
「………よかっ…た……」
Aさんの瞼が閉じられていく────慌てて胸のあたりを確認すれば、きちんと上下していた。
────ったく、眠るなら言ってくれといつも言ってるだろう…。
このひとは、いちいち心臓に悪い。
いまだって、そうだ。
────いつから、気づかれていたんだろうな。
それこそ、初めて会った日だろうか。
────はじめまして、香坂Aです。
そう言って笑った彼女のそばには、立浪草の植えられた小さな鉢があったのだ。
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Koto(プロフ) - リクエストなんですが、shortstoryで三井先生が香坂先生を溺愛するお話が見てみたいです! (2017年9月23日 11時) (レス) id: e1c8bdc482 (このIDを非表示/違反報告)
うみ - 藍沢とくっつけてほしいです! (2017年9月1日 5時) (レス) id: 4dd38bd3ac (このIDを非表示/違反報告)
ayanel(プロフ) - あおいさん» コメントありがとうございます。リクエスト了解しました、短編で書かせていただきますね(*^_^*) (2017年8月24日 13時) (レス) id: 61d33ebdb1 (このIDを非表示/違反報告)
あおい - ずっと楽しく読ませてもらってます!伏線の張り方とか心情描写まで丁寧で引き込まれます。しかもネタもつきないしすごいですね!!リクエストなんですが、京先生が大阪の病院でモテて、白石先生がそれにちょっと嫉妬する?みたいなものが見たいです! (2017年8月23日 23時) (レス) id: c0afa0c28c (このIDを非表示/違反報告)
りな(プロフ) - 前作時にはコメ返ありがとうございました!4話読みました。歩那ちゃんの存在が気になります。香坂先生にとって良い刺激といいますか、そうなってくれるのが楽しみです!又短編立浪草のお話も読みました。一週間でも幸せだったのだろうと思うと凄く切なくて泣けました。 (2017年8月15日 1時) (レス) id: 68a6b7d888 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ayanel | 作成日時:2017年8月8日 10時