3 ページ26
どんなに足掻いたところで、結局この恋は、最初から終わっていたのかもしれない。
鼻の奥がつんと痛む────それに気がつかないふりをして、ぐっと拳を握り込んだ。
爪が掌に食い込んで、痛みを訴える。
「…ありがとね、名取先生」
「香坂せ…────、っ」
それから先は、言葉を紡ぐことができなかった。
陽の光に照らされて煌めく薄茶の髪が、彼女の動きに合わせて揺れ動く。
するりと俺の唇の前から離れていった細く白い指は、大きめのニットカーディガンの中に隠れて見えなくなる。
「………────もう、“先生”じゃないよ」
今度こそ本当に、涙がこぼれ落ちそうになった。
彼女は申し訳なさそうに眉を下げて、それから無理やり震える口角を上げる。
そのまま踵を返して、廊下の奥へと消えていった。
“…ありがとね、名取先生”
たったそれだけで、無性に締めつけられる胸が、ひどく苦しい。
おぼつかない足取りで、近くの壁に半ばぶつかるようにもたれかかる。
情けないほど震える喉を、頬を、覆い隠すように口元に手をやった。
「……っ、ふ…！」
堪えても堪えても溢れそうになる涙をせめて止めようと、天を仰ぐ────いい歳して何泣いてんだと、同年代が見たら笑うかもしれない。
けれどそれほどまでに、俺の中であの人は、振り切っても振り切れないほど大きな存在になっていた。
伝えたい気持ちと、伝えられないもどかしさ。
運命という名の壁に阻まれた、淡いそれは。
そう、────────確かに恋だったのだから。
必死に呼吸を落ち着かせて、頬に流れた涙を荒っぽく拭いていたら、視界の隅に青いスクラブが映り込んで、ばっと顔を上げる。
「…どうした」
そこにいたのは、タブレット片手に少々驚いた表情をした、藍沢先生だった。
落ち着いたはずの心臓が、とくんと跳ね上がる。
「……香坂、先生が…、────療養のために、休職するそうです…」
震える声で紡いだ彼女のこれからのことに、藍沢先生はわずかに目を見開いただけで、そうか、としか言わなかった。
「…薄々予感はしていた。
悪いな、あいつはいつもいきなりで」
そのまま俺の横を通り過ぎていく藍沢先生を振り返って呼び止めれば、思ったより大きな声が出た。
「止めないんですか。
藍沢先生が説得すれば、香坂先生だって…！」
「……あいつが幸せになるなら、それでいい」
35日目、どうやったって敵わない存在。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 5647人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
りりり(プロフ) - とても楽しませて頂いております。ひとつ気になったのですが、32ページの副題「At the Xintiandi.」だと上海の新天地という地区を指してしまうのではないでしょうか。意図されての事でしたらごめんなさい。 (2018年9月17日 8時) (
レス) id: 539d09e6a1 (このIDを非表示/違反報告)
ffchr09(プロフ) - もう読み終えているのに読み返したくなります。私も秋生まれ天秤座なので、作品にのめりこんでしまいました。お忙しいと思いますが、劇場版も楽しみにしています。 (2018年9月16日 14時) (レス) id: 3038f6a4cb (このIDを非表示/違反報告)
憂依 - 2日間で読み込んでしまいました。読み進めてくほど、感動しました。雰囲気に浸りたくてBGMはずっとHANABIを聴きながら...笑 素敵な作品ありがとうございました。劇場版...お忙しいとは思いますが、楽しみにしてます。 (2018年8月15日 8時) (レス) id: 8dc691da23 (このIDを非表示/違反報告)
S - 最高に面白い作品をありがとうございました！香坂先生の続きのお話しが是非是非読みたいです！香坂先生ロスで泣けます。素晴らしい作品をありがとうございました！！ (2018年8月5日 10時) (レス) id: 223a468b93 (このIDを非表示/違反報告)
ともみ - 最高の作品でした！ (2018年7月1日 1時) (レス) id: 53269475bb (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ayanel
| 作成日時：2017年9月27日 0時
