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「……ふざけていないですよ。
療養に、入ろうと思うんです。
…きっと戻っても、私は邪魔だろうから」
9年前の自分のようなことを言ってのける彼女は、正真正銘香坂Aなのだろうかと疑いたくなってくる。
医者になるために生まれてきたような素質と性格の持ち主だ────その彼女が、なぜ。
「……理由は」
「皆、それぞれの道を歩み出そうとしています。
だから私も、自分の道を歩こうって決めたんです」
それだけのことですよ、と微笑む。
────その笑顔すら、嘘くさく思えた。
「……お前な…」
「…すみません。
黒田先生には、お話しておきたくて」
再び沈黙が落ちて、香坂は左手の薬指に輝くピンクゴールドのリングを、そっと右手で撫でた。
「……これで、いいのか」
「はい」
「一時的とはいえ、医者から完全に離れることになる。
お前はそれで、いいと思ってるのか」
「…思ってます」
「ならどうして────そんな泣きそうな顔をしてやがる！」
「……っ、そんなことないですよ」
俺の怒号にぴくりと肩を震わせたものの、大して表情を変えずに言ってのける。
────こいつは…。
どこまで自分を押し殺せば、自分を追い込めば気が済むのだ、無性に広がっていく怒りに、握り締めた拳が震えるのがわかった。
きっとそうさせたのは、11年────否、12年前の両親の事故だろう。
「大丈夫ですよ、こう見えて強くなりましたもん」
「……ったく、勝手にしろ」
一度決めたら決して譲らない、いまだって譲ってたまるものかという雰囲気がありありと滲み出ているのがわかって、ため息がこぼれた。
彼女の言うことがわからないわけではない。
むしろ、いい機会だから療養させてやりたい思いのほうが強いのだ。
ただ何年と続けてきた医者を、彼女がこうもあっさり手放すことに驚きを通り越して怒りが湧いた。
「…大丈夫ですよ」
「…食べるか喋るか、どっちかにしろ」
「んぐぐ」
俺を気遣ってか、どら焼きを頬張りながらそんなことを喋るものだから、呆れた眼差しを送ってやる。
すいません、と目尻を下げて笑う姿は────昔と何一つ変わってはいなくて。
その姿を見ていると、高まっていた感情が落ち着いてくる。
変わったのはあいつの心なのだろうかと、ぬるくなった茶をすすりながら、記憶の中に残る幼い面差しに思いを馳せる────。
「大丈夫、です…」
「…阿呆」
泣くか喋るかどっちかにしろ、とは言えなかった。
32日目、決断の裏のナミダ。
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りりり(プロフ) - とても楽しませて頂いております。ひとつ気になったのですが、32ページの副題「At the Xintiandi.」だと上海の新天地という地区を指してしまうのではないでしょうか。意図されての事でしたらごめんなさい。 (2018年9月17日 8時) (
レス) id: 539d09e6a1 (このIDを非表示/違反報告)
ffchr09(プロフ) - もう読み終えているのに読み返したくなります。私も秋生まれ天秤座なので、作品にのめりこんでしまいました。お忙しいと思いますが、劇場版も楽しみにしています。 (2018年9月16日 14時) (レス) id: 3038f6a4cb (このIDを非表示/違反報告)
憂依 - 2日間で読み込んでしまいました。読み進めてくほど、感動しました。雰囲気に浸りたくてBGMはずっとHANABIを聴きながら...笑 素敵な作品ありがとうございました。劇場版...お忙しいとは思いますが、楽しみにしてます。 (2018年8月15日 8時) (レス) id: 8dc691da23 (このIDを非表示/違反報告)
S - 最高に面白い作品をありがとうございました！香坂先生の続きのお話しが是非是非読みたいです！香坂先生ロスで泣けます。素晴らしい作品をありがとうございました！！ (2018年8月5日 10時) (レス) id: 223a468b93 (このIDを非表示/違反報告)
ともみ - 最高の作品でした！ (2018年7月1日 1時) (レス) id: 53269475bb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ayanel
| 作成日時：2017年9月27日 0時
