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「仕事、何時から?」
「八時前には着かないと」
なら寝ている場合じゃないでしょうに。
「タクシー呼んどいてあげたから、あたしの家でシャワー浴びて着替えなさい。その服じゃ仕事行けないでしょう?」
「マジ?助かる…あ、煙草吸って良いか?」
「どうぞ」
油と排水の匂いのする路地裏のアーケード。長髪の青年は錆びたシャッターの落書きに半身を投げ出す。ボディバッグからごそごそと幾つかの袋を取り出し、中の煙草の葉…シャグを軽く揉みほぐした。
「手巻き?」
「ん?ああ…」
取り出したペーパーを手慣れた様子で指に乗せ、シャグを幾つかブレンドし、右に偏らせてその上に置く。…あれ?
「そういえば、フィルター…ないの?」
「ん…いらね」
「身体に悪そう…」
「いいだろ、そんなの…どうだって」
 口答えなんかしちゃって、生意気な奴。
 そっと、彼の横顔を盗み見る。凛々しく吊り上がった眉。きゅっと閉じられた薄い脣。伏し目がちな深緋の瞳が、凝とゆびさきをみつめていた。
 骨ばった指が紙を使い器用にシャグの形を整える。手で口元を隠しながら糊面をすこし舐め、煙草の紙をくるくると巻いていく。綺麗な円錐形のシルエット。作り慣れてるのでしょう。でも、昔はずっと煙草なんか吸わないって…
 青年の視線がふと私の姿を捉え、茶化すように眉が下がる。薄い脣が歪み、嘲笑うように不快感を誇示する。
「…何見てんの?」
「興味。コニカル巻きってやつでしょ?」
「そ」
 暁は小さな銀の箱を取り出す。龍の刻印がされたオイルライター。専門店で一目惚れして買ったって言ってたっけ。確か、あの日もこんな雨が降っていたか。
 ケースのフタを指で軽く弾いて開ける。フリントホイールを回すと、炎が揺らぎ、灯る。それを咥えた煙草に近づけると、ゆっくりと煙草がくゆる。青年が、口から軽く煙を吐き出す。紫煙がゆっくりと立ち昇り、アーケードを出た辺りで消えた。
 じっとりとした、纏わりつくような湿り気。トタン屋根に打ちつける雨音を聴きながら、右隣の青年はただ虚ろな瞳を煙に向けていた。

 

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作者名:みかなべ | 作成日時:2024年3月21日 18時

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