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時計の針が18時を回ったのを確認し、常務室の扉をノックする。
大我さんは卓上の分厚い資料とにらめっこをしていた。「お疲れ。今日はもう帰っていいよ」
「大我さんは？」
「来週の取締役会の資料、今のうちに目を通しときたいからもうちょい残るわ」マーカーで熱心に線を引いている。
「ノー残業デーですよ」
「役員には元から残業代出ないし」
彼が資料から顔を上げた。
視線がぶつかる。
彼も私も一言も口には出さない。
けれど、これが私たちの暗黙の了解だった。
資料の冊子がぱたんと閉じられる。
立ち上がって入口のドアを指差した彼は、わずかにその指を下げた。
小さく頷き、扉に鍵を掛ける。
その間に応接セットのソファに移動した大我さんが、「おいで」と手招きした。反対側の端に座る。
「なんでそんな隅っこに座るんだよ」
「えっと……」
彼は笑って、伸ばした腕を私の腰に回した。
自身の体へと引き寄せる。
互いの肩、腰、膝の側面がぴたりと接して。
白く長い指が、私の頭をそっと撫でる。
彼のシャツから漂う柔軟剤の芳香だけが、品性に欠ける私たち２人の姿態とは似つかわしくない清らかさだった。
事の発端は大阪出張の翌週のことだ。
大我さんにはそれ以前から妙な脱走癖があった。
仕事が行き詰まった時に突然「やぁぁぁぁっ！」とかわけのわからない叫び声を上げ、常務室を飛び出してどこかへ逃げてしまうのだ。
行き先は売店だったり知り合いのいる部署だったり。
そこでアイスをドカ食いするなり、社員に相手をしてもらいながらいじけるなりしている。
「○○に常務がいますよ」とお迎えの要請が入ったら、飛んで行って関係各所へ謝罪するのにも既に慣れてはいた。
けれどアイスの暴食は体に悪いし、何より他の社員に迷惑が掛かっている。
結局のところ彼はまだ、周囲にかしずかれ甘やかされている根っからの坊ちゃんなのだ。
彼の憎めないキャラクターも相まって今はまだ愛すべき感じに収まっているが、今後この人の進む道を考えればそう甘いことも言っていられない。
ビジネスの世界にはどこに敵が潜んでいるか分からないと前に本で読んだ。
「大手製薬会社の御曹司は職場放棄の常習犯！社員大迷惑！」なんて週刊誌にすっぱ抜かれたらどうする。
そんなことで彼の足を引っ張ろうとする輩があるやもしれないので、私にとって彼の脱走癖はかねてより大きな心配の種だった。
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爽 - 続編消えたと思って焦りましたw続き読んだらドキドキし過ぎて一瞬で持ってかれました。 (2021年7月26日 14時) (
レス) id: 69f8ee2e96 (このIDを非表示/違反報告)
真澄(プロフ) - 爽さん» だいぶ大人なお話になってきましたが、今後ともよろしくお願いします！ (2021年7月22日 21時) (レス) id: e861df9d71 (このIDを非表示/違反報告)
爽 - キャンディタフトとは違った少し大人なこの作品も好きだなって思いながら毎回楽しみなです。 (2021年7月14日 14時) (レス) id: 9c49d7f5d5 (このIDを非表示/違反報告)
真澄(プロフ) - みなこさん» コメントありがとうございます。16章は２人の距離がすごく縮まっていくのでぜひ読んで頂きたいです！ (2021年7月3日 8時) (レス) id: e861df9d71 (このIDを非表示/違反報告)
みなこ(プロフ) - 二人の距離がもどかしくてすごく続きが気になります笑 (2021年6月30日 0時) (レス) id: 58140af225 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：真澄
| 作者ホームページ：https://twitter.com/masumi_chu
作成日時：2021年5月21日 14時
