月に叢雲【伏黒恵】 (ページ13)

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虚言ページ13

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手首を掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。

力を入れていなかったので、伏黒とは間2センチ程の距離。

もっとも、手首に限れば0センチだけど。

私が距離の近さに慌てふためいていると、

伏黒は業務中だからか、“僕”を使って言った。

「彼女は…僕の恋人です」

「…へ」

見下ろした彼の腕にすっぽりとはまっている事に不満を抱くが、正直今はそんなことでは動じれない。

見上げると、いつもより遥かに近い伏黒の口が『はなしをあわせろ』と動いた。

浅く呼吸をして、少しししてから相手に見えないように頷く。

すると女は信じられないというふうに口を出した。

「あなた達、恋人同士なんて…。こんな低スペ女のどこがいいのよ！どうせ顔目当てに決まってるわ。そんな薄っぺらい碌でもない女。きっと彼氏をなんかのお飾りだとでも思ってるんでしょうよ」

母に似た罵声に耳を塞いだ。もう少しで警備員が来てくれるはずだ。もう少し、私が耐えればいける。

すると伏黒はこめかみを抑えた。

苛立ちが隠しきれないというように。

「彼女は揺るぎない。ちょっとの事で逃げたり他を卑下したりしない。弱い部分は勿論あるし、こうやって考えなしに人を助けようとして失敗するが…

Aのそんなところが、俺は愛しいんだ」

騒めいていたはずの店内は、シンと静まり返り、その声は低く反響した。

パチ…パチと誰かが手を叩き出して、店内は拍手喝采となった。

「いいぞー、少年！」やら誰かが言い出し、野薔薇は心底面白いという風に撮った動画を虎杖へと送っていた。

しばらく鳴り止まない喝采に、私は心臓が縮こまった。

「ちょっと、何なのよ！」

到着した警備員は無事に彼女を連行していき、この騒動は落着した。

ただ、一つだけ。

一つだけ問題がある。

「A、伏黒と付き合ってんなら言いなさいよね」

野薔薇にも

「Aちゃん、スタダの店員の時は伏黒くん見ないでお客様を見ようね」

スタダの先輩にも

「いやー、良い彼氏だなぁ」

なんか知らんオッサンにも。

私の肩書きの中に、“彼氏は伏黒”という初出の情報は完璧に彫られてしまったようだった。