月に叢雲【伏黒恵】 (ページ1)

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禪院甚爾という男ページ1

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2018年

一週間のうちの何回か、知らぬ男がやってくる。

ある古びたアパートの一角。

201号室は、私と母の部屋だ。

戸を開けようと手を伸ばしたところ、戸の向こうから獣のような嬌声が漏れ出てくる。

母だ。

音が出ない様に、慎重に開けて、閉めて。

足音が出ない様に努めるが、ボロなのでギシギシと揺れてしまう。

幸い、母は気づいていない様だった。

バイトで貰った連絡先のついたペーパーナプキンを破り捨てて、大昔の夏を思い出した。

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2007年 7月17日

それは例年より暑い日だった。

朝方、母は上機嫌になりながら帰ってきた。

「A、聞いて！お母さんね、良い人と付き合える事になったの」

齢僅か3歳の娘にそう吐き捨てると、ルンルンと音符を奏でながら母は台所へ行った。

「今日は彼が来るからね。禪院甚爾さん。A、覚えておいてね」

いつもよりも甘く、気色の悪い猫撫で声で言う母に対して私は首を傾げていた。

何十分かすると、男はやってきた。

「よォ、元気か？嬢ちゃん」

「じょーちゃんじゃないよ、Aって言うんだよ」

「A、これから世話んなるから、よろしくな」

早くして父を亡くした私も、新しい父候補だと上機嫌だった。

「とーじおいちゃん、あれ」

「お前、アレ見えるのか」

「キモいいきもの。お母さん見えないの」

とーじおいちゃんは見える？と首を傾げると、甚爾はコク、と頷き言った。

「アレは危険だ。あんまり近づくんじゃねえぞ」と。

今にして思う。

家庭が崩壊したのは、この男のせいだと。