#16 ページ19
「ごめん、俺わがまま言わないってAちゃんに約束したのにね。…でも俺がここに入るわけには行かないんだ」
さっきまで息を切らしていた慧くんはどこかへいってしまった。
すると途端に言葉が出なくなったのは私。
頭の中がぐちゃぐちゃ。
「1回ホテルから出てもいい？」
とても優しい声と裏腹に力強い手に右手を握られた。
「う、ん…」
Aって呼ばれた気がしたけど、私たちは構わずちょうどやってきたエレベーターに乗り込んだ。
隣に立つと余計に香ってくる。
男性がするには甘すぎる匂い。
それは私がずっと使ってるヘアフレグランス。
あの頃はこの香りが苦手だって言ってたはずなのに。
「知念から聞いたよ。もう、決めたの？……Aちゃん？」
知念から何を聞いたんだろう。
人のこと財布とかペットとか言うんだから、あんまりいいことではないんだろうなって頭のどこかで考える。
「Aちゃん？いやだった？ごめんね？」
さっきから涙が止まってくれないの。
すごく苦しくて、ドロドロと溢れだしてくる。
「…すき」
「え？」
「私慧くんがやっぱり好き。忘れようとしてきたし諦めようとも思ったけど、好きなの。好きです。好きになってごめん」
ソフレ以外の何者でもないって分かってるよ。
何度もこの気持ちは伝えるべきじゃないって蓋をした。
何度も何度も泣いたけど、でも好きだった。
何度も何度も恋して、何度も何度も傷ついた。
「好きじゃなくてもいい。また私の部屋に帰ってきて」
ぎしっと骨が軋む音がした。
フレグランスが更に強く香って目眩がする。
私もそっと慧くんの背中に手を回した。
これって、「いいよ」ってこと？
これからも変わらずに帰ってきてくれるってこと？
「ちげーし！なんでそんなに謙譲すんの？俺、Aちゃんと今まで通りなんてやだよ」
「え」
「俺もAちゃんが好き。好きって気づいた。だからもうソフレなんてやってやんない。遠慮しない。もう、あんな風に離れるのは嫌だ」
パチパチパチ、ってロビーに響いた音に振り向くとそこには3人のギャラリー。
知念に至ってはスマホをこちらに構えてる。
多分動画撮ってるんでしょうね、わかるよ。
これ、あとから茶化されるパターンじゃん。
「今日の結婚式の二次会はパスしていいよ。主役には俺から言っとく」
ニヤリと笑った中島。
苦笑いの私と慧くん。
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作者名：もぶ | 作成日時：2020年2月3日 12時
