#13 ページ16
優しく腕をさすってくれて少しだけ気分が落ち着いてきた。
「Aごめんね、ほんとごめん」
何回かその言葉を繰り返しては私はひたすら首を振る。
まだ店の前にいる慧くんと中島がどんな会話をしてるか分からないけど
知念がここまで連れ出してくれて本当に有難かった。
「もう謝らないで」はちゃんと声になっていたか分からない。
だって知念が居なかったら私は慧くんと出会えていない。
慧くんと出会えたことは少しも後悔してないよ。
一緒のベッドで眠って『おやすみ』と『おはよう』、『いってきます』と『いってらっしゃい』、『いただきます』と『ごちそうさまでした』を繰り返して遊んでただけ。
そう言えば聞こえはいいかもしれない。
少しだけ、慧くんが私を振り返る。
あ、もう終わりだ。
なんとなくわかった。
「僕さ、こんなこと全然望んでなくて…でもね、Aには笑ってて欲しいとは思ってる。だからね、」
全部見ないようにした。
こころなしか鼻声の知念も、柔らかく笑う慧くんも、地面を睨みつけてる中島も。
全部が全部、優しさの塊だ。
その後、2人で歩いてきた道を1人で帰る。
ご飯のあとは一緒に『ただいま』をして、作ってくれたお味噌汁を一緒に『いただきます』して、一緒のベッドで『おやすみ』をするはずだった。
それが変わりない毎日のはずで。
最後は精一杯の笑顔で慧くんに手を振った。
最後まで自分の気持ちは伝えることはできなかった。
でももうこれで最後だから、あの毎日は叶わないから。
「さよなら」
泣くのはなんか違くて、かじかんだ指先を強く握りしめるだけ。
そういえば慧くんの連絡先は知らない。
誕生日はたしか6月で血液型は…忘れてしまった。
仕事はフレックス制だから通勤はある程度余裕があって…
そういえば彼自身の話は今までしてこなかったな。
こうなるって分かってたから？
彼の私物はスエットとスーツくらいで彼を形成するものはほとんど私が買ってきたものだ。
好きだった。
ちゃんと慧くんを好きだったからこそ何も知らないままでよかったと思う。
でも…普段より帰りが少し遅くなったあの日は、気づかない振りすればよかったかな。
そうしたらもう少し『いつもの毎日』を続けられたんじゃない？
「ただいま…」
帰路の記憶がないままに家に着いて、
不器用に短いしめじの入ったお味噌汁に笑った。
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作者名：もぶ | 作成日時：2020年2月3日 12時
