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アパートが見えてきた。
隣合った奥の玄関が私たち。
手前の玄関が圭人。
圭人の方に緑の傘が見える。
なんともないように緑を通り過ぎた。
「好き、なんだと思ってた」
聞いたことのある女性の声に立ち止まる。
私に合わせて大貴も立ち止まった。
「あ、あの。えっと」
圭人の困ったような声。
「私は好き。バンドも、曲も、圭人自身も」
初めてパスをもらったあの日。
隣で一緒にライヴをみた女の子の声。
『私、伸び盛りのバンドの邪魔だけは絶対に許せませんから』
凛とした表情でそう言ったあの日のことを思い出した。
…なんだ、あんただって結局。
「お父さんに、言ってもいいよ。もう少しプロモーションに力入れてって頼める。予算上げてって、社で推してって頼める。私と付き合ってくれたらなんでもできるよ？」
吐き気がした。
ああ、事務所のエラいさんの娘なんだ？
じゃあ無下にできないよね。
Hikaruくんの言う『マイナスな存在』じゃなくてバンドにとってのプラス因子だ。
使えるものは使えばいいじゃん。
私はもう、圭人とは関係ない。
靴音をあえて響かせて歩き出す。
「！…Aちゃん」
「あ、圭人。おかえり。
雨降ってんだしお家の中にいれてあげたら？ここじゃ彼女濡れちゃうし」
「え、」
「ごゆっくり」
がちゃん、
思ったよりも大きな音が響いた。
そんなに力入れてドアしめてないけど。
「…」
「…」
「…」
「私、マイナスなんだって。圭人にとってもバンドにとっても」
Hikaruくんは断定的には言わなかった。こんなに否定的じゃなかった。私の自己解釈が誇張されてるだけ。
狡賢い私に逡巡した甘え。
大貴に『Yes』って言ったら、どうなるんだろう。
こんなに苦しい思いもしなくていい？
圭人のこと忘れられるかな。
「A」
「ん」
「俺にしとけって。俺にはAが必要だから」
「ぅ、ん」
「へ？…まじで？」
「うん。私、やっぱり大貴じゃないとだめみた…」
「っしゃー！！！！まじか！まじでか！ぃやった！！やっと『Yes』が聞けた！」
大貴は玄関でばかみたいにはしゃいで私をぎゅーぎゅー抱きしめた。
そしたらまた胸の奥がツンと痛くなって、でも気づかない振りをした。
嬉しいよ。
大好きだったけど友達優先だった大貴。
その大貴が私を必要だって言ってくれた。
嬉しい…はずなのに。
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作者名：もぶ | 作成日時：2018年4月8日 15時
