突撃！となりのバンドマン(Keito.O) (ページ16)

今日:11 hit、昨日:0 hit、合計:9,059 hit

眠れぬ夜は君のせいページ16

開演時間ギリギリ。

圭人くんから預かったパスを受付に見せて通されたのは2階席だった。

1階はこれでもかってくらいすし詰め状態。

2階はスーツ着たおじさんやお姉さん、知り合いのバンドマンらしき人。

…それから私と同じような子。

「こんばんは」

「こ、こんばんは」

私はそれでも悪目立ちしないように後ろの方に座ってたんだけど、1人の女の子が話しかけてきた。

「ココ初めて？」

「あ、え。はい」

「誰かのご兄弟？」

『妹が欲しかったんだよね』
不意にそんな圭人くんの言葉を思い出して、静かに頷いた。

「そうなんだ。このバンドとってもかっこいいから自慢できますね」

育ちの良さを感じる言葉遣い。

「このままお隣よろしいですか？もうそろそろ始まるし」

できるだけ1人で観たかった、なんて言い出せないコミュ障な私は急に暗くなった会場内でも彼女に伝わるように大きく頷く。

あの日、圭人くんの家には行かなかった。

ほんのちょっとの間、抱きしめてもらって

「そうそう、これを渡したくて連絡したんだよ」

スウェットのポケットから出てきたのは【Pass】と書かれた手のひらサイズの布みたいな質感のやつ。

したの方に油性マジックで英語の羅列。

「これ、は？」

「パスだよ。金曜日の夜に渋谷でワンマンライヴやるんだけどAちゃんどうかなって。こないだは来てくれると思わなくて出せなかったから」

Insomnia…あ、これ『インソムニア』か！
圭人くん達のバンドの名前だ。
口頭で聞いてただけだし、この前チケット取ったのは大貴だったし、英語表記されるとわかんなかった！

「来て、くれるよね？もしかしてお仕事？遅くなる？開演間に合わなくてもいいし来てくれたら嬉しいな」

ぐいぐいっと私の手のひらに押し付けられてしわくちゃになるバンドパス。

…この子もなかなかに強引ではある。

でも大貴の強引さとはちょっと違う。

「わかった。ありがたくパス使わせてもらうね」

「やった！！」

可愛くて可愛くて…体は大きいけどなんとなく小動物みたい。

「差し入れは何がいい？」

「いらないいらない！」

気づいたら涙はすっこんでて、家の前。
明るくバイバイと手を振ってた。