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「あれ、今日はもう帰んの?」
「……今日、帰ってくるの。あの人。」
「ふうん、そっか。じゃあ暫く会えない?」
「多分だけど、1週間くらいは、ね。」
「ふうん、」
朝早く、まだ日も昇っていないというのに、いそいそと帰り支度をする彼女の腰を、そっと抱き寄せた。
「……優太くん、本当に今日はもう、」
彼女の言葉を遮って、グロスの塗られたそれにそっと唇をのせた。
「……んっ、」
薄目を開いて彼女の顔を眺める。
俺の胸を押す手には、微弱な力しか感じられない。
あの綺麗な瞳は、長い睫毛に伏せられていた。
まだ化粧をしていないであろうにも関わらず、シミひとつない白い頬に、手を添えた。
もう少し深く、と彼女の腰を引き寄せると観念したように、胸を押していた―俺からすれば添えていた、くらいのものだけれど―を首に回し、抱き着いてきた。
俺は知っている。
彼女が、この強引さにいつも絆されてしまうことを。
唇をそっと離すと、伏せられていた睫毛から、うるんだ瞳を覗かせた。
こちらに強請るような視線を向ける彼女に、それでも俺は優しくはしてやらない。
「悪いけど、俺も今日仕事。」
「……そう。じゃあ、丁度良かったわね。」
「……本当に?」
「え?」
「俺は、もっとAさんと居たいよ。なんなら、ずっと一緒に居たい。家に帰ったら、おかえりって迎えて欲しいくらいだよ、」
「優太くん、私だってそうしたいけど、でも、」
「……なーんてね!冗談!」
明るく振る舞うことしか出来ない。
彼女だって、俺の冗談が冗談では無いことなんて、分かっているはずだ。
それでも、俺たちは今日も、互いの立場の為に、偽りを吐き続けるしかない。
嘘つきなその唇に、もう一度口付けをした。
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作者名:渚 | 作成日時:2019年11月7日 3時