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初日で分かったこと。
このアパート、めちゃくちゃ壁が薄い。
Aさんと別れて30分ほど経った頃。
手土産をいつ渡しに行くべきか考えていたら、外からガチャガチャと鍵を開ける音がした。ただいまーという声とガッ…ラガラガラ窓を開ける音も。うちの部屋の建て付けが悪いのかと思っていたけれど、どうやら全部屋共通仕様のようだ。
ベランダの薄い床がきしむ音。
それからボフボフと規則的で鈍い音。
あ、布団干してるんか。
今日は久々に晴れたもんなー。
梅雨の引っ越しでドンピシャに晴れるとか、さすが俺、大晴！
…………そろそろ手土産持ってくか。
2.気付けば君のペース
呼び鈴を押したら、インターフォン越しじゃなくて部屋から直で「はーい」と声がした。
表札の白いプレートに書かれた"A"という字は、改めて見ると女の子にしてはなかなか力強い。
文字は人柄が表れるという。
自由でのびのびした人なんかな。
そんなことを考えていたらドアが開き、さっきと同じ格好のAさんが出てきた。
「あれ、福本さん。どうされました？」
「あー、改めて引っ越しの挨拶をと思いまして」
「え！そんなちゃんとした挨拶とか来てもらったん初めてです！」
「え、そうなんですか？」
「はい。福本さん良い人ですね〜」
褒められると照れる。
無意味に左頬をかいて間をもたせる俺を、Aさんがニコニコしながら見てくる。
俺はたまらず手に持っていた紙袋を差し出した。
「これ、大したもんじゃないんすけど、よかったら」
「わ！何これ！ありがとうございます」
「日持ちはしますんで」
「その言い方は、食べ物？」
「はい！うちの会社で作ってるやつなんですけど」
弊社は、一人暮らしの若者をターゲットに簡単に調理できて栄養価のあるレトルト食品の開発に力を入れており、シンプルなパッケージでちょっとした手土産に喜ばれる、とお客様からもご好評をいただいておりまして………という営業の先輩から叩き込まれた受け売りが、頭の中で流れるように再生される。
プライベートで営業をかけるほどの忠誠心はないが、便利だし美味いとは思っている。
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作者名：三十谷みそ | 作成日時：2024年3月4日 23時
