束の間、冴え冴えと(正門) ページ5
1/2 (高校生)
大好きな野球雑誌を広げてみても、前みたいに夢中になれない。
今年の甲子園で伝説を生むだろう注目のピッチャーが大きく一面をかざっていても、私の目はそのページに届く前にぼんやりと宙をさまよう。
そこにはきっと一枚のガラスがあって、とらえた像が私の網膜に焼きつく前にめちゃくちゃに屈折して、そして、最後にはいつだって彼の元へと行きついてしまうのだ。
ああ、憂鬱。
学校の窓はどうしてこんなに大きいのか。
これでは少し左に首を傾けただけで、すぐに彼の姿が見えてしまう。
本当は、何十といる同じユニフォームを着た男子生徒の中から彼一人を瞬時に特定できる私の視力と思考回路が、いちばん困ったものなのだが。
いっしょに残っていた友達も塾だ部活だと帰ってしまったので、教室にいるのは私一人。
活気を失った教室は、急に温度を下げたように感じた。
すっかり冷たくなったお茶を一口飲むと、緑茶の苦味で脳が冴えた。
今なら正しく見えるかもしれないと期待をこめて、また雑誌へ目線を落とした。
「よっしゃ成功」
カテキンのチカラは偉大なり。
あんなに私を困らせたガラスは緑茶に砕かれ、今は大谷翔平の上にその粉を降りかけて、美しい投球フォームに一層の輝きを与えていた。
「かっこええなぁ」
「よかった、開いてた」
突如教室に入って来たのはクラスメイトの正門だった。
センチメンタルな気分に浸っていた私は、水をかけられた猫のようにピンとして固まった。
緑茶など比でない。叩き起こされたみたいな衝撃だ。
さっきまでグラウンドでボールを追いかけていたのに。
どうして教室に。
「もう出るんやったら鍵、貰おか？」
「大丈夫」
何が大丈夫なのか。
答えになっているようでなっていない返事をしてしまった。
しかし、彼はそんなことは気に留めていないようで、無言でガサガサと自分の机を漁っている。
わずか数秒で探し出されたノートは薄いピンク色で、反射的にショックを受けた。
しかし、ノートにはでかでかとした文字で≪伊藤≫と書かれてあり、正門と同じ野球部の伊藤のものだということを主張していた。
ありがとう伊藤。
今だけあんたに救われた。
「その雑誌ホームラン？」
「あ、知ってる？」
なんとアホな質問をしたものだ。
私なんかより、野球部の正門のほうが詳しいに決まっているだろう。
案の定、当たり前やんと笑われた。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 491人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
三十谷みそ(プロフ) - kkさん» うわぁぁ現場で佐野兄を見れたなんて羨ましいです！自分が書いたものを好きと言ってもらえるのが嬉しすぎて😭これからも楽しく書かせていただきます〜！ (6月26日 0時) (
レス) id: 0083c24134 (このIDを非表示/違反報告)
kk(プロフ) - 三十谷みそさんが書かれるお話どれも好きでいつも楽しく読ませて頂いてます！中でも先日あげられた佐野くんの指きりげんまんが好きです❤︎全ツで実際に佐野兄が赤ペンラ持っている姿を見たので情景がお話な浮かび面白かったです！ (6月25日 14時) (レス) id: 797470a670 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：三十谷みそ | 作成日時：2023年2月2日 22時
