自分嫌い、29 ページ40
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「……意外と、近いんだ」
思わずそう呟いてしまうと、通りかかった小さな子に聞こえていたようで不思議そうに首を傾げられた。私は今、錦織君の家の前にいる。彼に配られるはずのプリントを何枚か持って。
先生に紙の束を手渡されて「錦織に持って行ってほしい」と言われた時は一瞬焦ってしまったが、よく考えたらあの時の恩返しが出来るのではないかと我ながら厭らしい考えが頭の中に浮かんで、彼の家に行く事を引き受けたのだ。
……とても見合った恩返しだとは言い難い事はわかっている。でも私は彼の事を何も知らない。
好きなものも、嫌いなものも。錦織君に惹かれている(正しくは「錦織君のルックスに」だが。)女の子たちが甘い物は嫌いらしいと話していたような気はするけど、言ってしまえば“それだけ”だ。
……恋心は敵だと自分の中で結論をつけていたはずなのに、気づいたら彼の……彼等の事を考えている。柳君はまだしも、錦織君の事は苦手視していたと言うのに。こんな私は嫌な女だろうか。……恋愛感情とかそういうのを一切なしで考えると、普通に仲良く話せる関係に……なっていただろうか。……でも、もう遅いんだろう。
お洒落な表札の横にある小さなチャイムを押すと、数秒後に玄関の扉が開かれる。
彼は風邪を引いているからきっと親御さんが出てくるんだろうな……なんて浅はかな考えは次の瞬間ぶち壊されることになる。
「……苗代さん!?」
見慣れたはずの髪色が、今は目に痛かった。声色も、風邪を引いているからか少し違う。
私はなんて運が悪いんだ。彼が出てきたときに思いっきり目が合ったが、一緒のタイミングでお互い逸らした。
気まずい雰囲気がじわじわと漂い出し、思わず逃げ出しそうになるのを必死に耐えて、重い口を開く。
「……これ……先生に頼まれて……」
おずおずと数枚のプリントを差し出すと、錦織君は目を逸らしながらもお礼を述べる。
何だろうこの状況は。気まずいにも程がある。こんな状態で次の年にも同じクラスになってしまえば大惨事間違いなしだろう。勿論、柳君の場合も、だ。
ああ……何気ない交流も苦痛になるなんて、やっぱり恋心なんて寄せられるべきものじゃないな……なんて自分でも絶望するような最低な考えに辿り着こうとしてしまっていると、彼は急に顔を上げた。
「あ、あのっ!け、携帯買ってもらえる歳になったら!連絡先教えてください!!」
目の前の赤く染まった頬を見て、私の思考回路は一気に停止した。
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コショウ(プロフ) - 佐仲えなさん» 実は話数がギリギリの状態で、書かないまま終わってしまう話がいくつかあるのですが、そう言っていただいたことがあまりにも嬉しくて(私自身もやっぱり書きたいので笑)今対処法を考えているところなんです。コメント本当に有難うございます、頑張ります! (2017年2月20日 14時) (レス) id: 853a3814c9 (このIDを非表示/違反報告)
佐仲えな(プロフ) - すごく面白いです!!苗代ちゃんと錦織くんが今後どうなっていくのか、お父さんの話も含めて楽しみにしています!!錦織くんも好きですが、柳くん好きです笑笑更新頑張ってください!! (2017年2月19日 20時) (携帯から) (レス) id: 42a52683ca (このIDを非表示/違反報告)
コショウ(プロフ) - かさくらさん» コメント有難うございます、そんなに初期の頃から読んでいただいてとても嬉しいです。ゆっくりにはなってしまうと思いますが、これからも頑張っていきたいと思います! (2015年7月2日 0時) (レス) id: bcc65b8e5f (このIDを非表示/違反報告)
かさくら(プロフ) - 13年からずっと読んでました……また更新されて嬉しいです! すごく面白いのでまたお目にかかれるのが嬉しいですが、無理なさらずどうかご自愛ください。 (2015年6月30日 23時) (レス) id: d71098d539 (このIDを非表示/違反報告)
コショウ(プロフ) - メーア=シュネー@露領#日帝受け推奨委員会さん» コメント有り難うございます、そう言っていただけて嬉しいです。励みにさせていただきます! (2015年6月26日 14時) (レス) id: 65f917b18d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:コショウ | 作成日時:2013年10月23日 17時