自己愛者と自分嫌い【名前変換オリジナル】

自己愛、27 ページ37

優等生と視線が触れるがすぐに逸らした。完全に怒っているであろう相手の目なんぞ見たくはない。それに、優等生――……確か柳(ﾔﾅｷﾞ)と言っただろうか。柳は俺の事を嫌っているのだから、険悪な雰囲気にならないためにも、きっと目を合わせない方がいいのかもしれない。

柳は一つ息を吐き、時計を確認した後口を開いた。

「いつから聞いてた」

いきなり痛いところを突かれて思わず短くて低い声を漏らす。コイツは容赦をする気なんてないんだ。そう思うと怖くて仕方がない。優等生である柳と、馬鹿な俺が言葉で喧嘩したところで勝敗は目に見えている。

ここは早く終わらせて教室に逃げたほうがいい。不幸なことに昼休みの時間はまだたっぷりあり、人が来る気配もなし。……初めて逃げるが勝ちだと思った瞬間だった。
嘘を吐いても俺にメリットはない。話がややこしくなるだけだ。そもそも苗代さんと柳が昼休みに図書館であんな話を始めるなんて俺が予想出来るはずないだろう。お前が彼女を好きだってことも知らなかったのに!

「偶々だよ……」

そう呟くと、柳はまた溜息を吐く。
確実に俺に苛立っている。ムカつくなら早く解放すればいいのに。俺も早くお前から逃げたくて仕方がないよ。

「……そうか。じゃあいい」
「えっ」

案外簡単に終わり、逆に拍子抜けする。……心配して損した。俺の緊張と時間を返してほしい。頭のいい奴は何を考えているかわからないから苦手だ。……勿論苗代さんは除く。


――……ふ、と。思った事をそのまま口走った。

口走って、しまった。

「お前も……苗代さん、好きだったんだな」

静かな図書室でも聞き取るのが難しいような声で零した言の葉は、しっかりと柳と言う男に届いてしまったのだ。

俺は忘れていた。
柳とは、同じ女の子を好きになった仲間なんかじゃなくて、恋の敵だということを。
嫌いな人間と一緒にされて、いい気分になるわけがないと。

柳は眼鏡の奥の目を吊り上らせて、嫌悪が混じった……否、嫌悪塗れの声色で、口元をいつもの大人しい雰囲気の柳からは想像もしない歪み方をさせて。


「お前なんかと一緒にするんじゃない」

――今日初めてまともに話した、少なくとも学校に一人はいるであろう優等生から向けられた明らかな感情は、俺の思考をぷつりと途絶えさせるには十分なものだった。


柳が図書室から出て行った後でも、チャイムが鳴る2分前まで、俺の足は動いてはくれなかった。


(鈍感はいつか人や自分を殺すだろう)

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