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「……私は大丈夫だから」
視線に晒された深月は震える声でそう言った。そして全員に背を向けて走り去る。もう、あの教室にはいられない。彼女を睨む女子が怖かったし、誰にでも公平で真っ直ぐな彼を忘れることなんてできない。
――自分が、いたたまれない。
一方で、陽助は走り去る深月を呆然と見つめていた。目の焦点は合っていない。ただぼんやりと教室の戸を見る。
――行ってしまった。助けることができなかった。助けたくて手を差し伸べたのに、これでは本末転倒だ。
大切な女の子を助けるどころか、傷つけてしまった。陽助はそんな自分を厳しく責める。無言な彼の機嫌を取ろうとする女子の言葉は届かない。
きっかけは、深月が描いた絵だった。いつも一生懸命ノートに向かう少女の眼差しは真剣。最初は好奇心だった。いったい何が彼女をそんなに駆り立てるのだろう、何故ひたむきにノートにペンを走らせるのだろう、と。
彼女がトイレに席を立ったときのことだった。そっと机を見るとノートは開かれていた。きっと閉め忘れていたのだろう。いけないと思いながらも、陽助は覗き見てしまった。
そこには世界が広がっていた。彼の想像力では、到底創り上げられない世界が。繊細に書き込まれた絵は、彼女の人柄を表している。彼はその美しさから目が離せなかった。
それからだ。陽助は気がつくと深月を目で追っていた。授業後に黒板を消したり、カレンダーをめくったり、教卓を整理したり。言わなければ気づかれないような、それでいて快適に過ごせるためのことを、丁寧にこなしていた。ただひっそりと、誰かに自慢することなく。
そんな深月の性格を陽助は好きになった。見た目が華やかなわけじゃない。お洒落な物を身に着けているわけでもない。そういったものを超えたところに、彼は惹かれた。
――だけど。
きっと深月は陽助のことなど見ていないのだろう。華やかさよりも堅実さを選ぶ彼女は派手な女子に囲まれる陽助なんて近づいても迷惑に思うだろう。
それでも、彼に深月と話しかけるチャンスが巡ってきた。渡り廊下でのこと。派手に転んだ深月に手を差し伸べた。誰も彼女を助けなかったのだ。
渡り廊下で助けたとき、深月は目を合わせてくれなかった。彼女はそそくさと立ち上がると、短くお礼を言ってすぐに消えてしまったのだ。やはり好かれていないのだろう。陽助はしばらく落ち込んだ。
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花杜あみり(プロフ) - ライカさん» ありがとうございます!繊細でナチュラル、すごく嬉しいお言葉です! (2019年3月3日 13時) (レス) id: bb468dc0cb (このIDを非表示/違反報告)
ライカ(プロフ) - お久しぶりです!繊細、それでいてナチュラルな描写。誰かと思えばやはり花杜あみりさんでした! (2019年3月3日 12時) (レス) id: 3e72e064c9 (このIDを非表示/違反報告)
花杜あみり(プロフ) - 秦弓月さん» 尊敬だなんて勿体ないお言葉、嬉しいです!ありがとうございます! (2019年1月10日 22時) (レス) id: bb468dc0cb (このIDを非表示/違反報告)
秦弓月(プロフ) - すごく現実感がありました。描写が綺麗で、尊敬します。 (2019年1月10日 22時) (レス) id: deabd34961 (このIDを非表示/違反報告)
花杜あみり@あっ、スーモ!(プロフ) - Yuki.aruruさん» ありがとうございます嬉しいです!! (2019年1月6日 23時) (レス) id: bb468dc0cb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:花杜あみり | 作者ホームページ:
作成日時:2019年1月4日 23時