伸ばした手の先にあるもの

5 ページ5

少し涙を浮かべながら
ひとしきり笑い終えたポチは
ゆっくり口を開いた。


「じゃあさ、高い酒入れても嬉しくない？」
「いえ、それは嬉しいです」
「そこキッパリ？」


互いに笑い合う。
人見知りのはずの私なのに、
はじめましてでこんなに打ち解けられるなんて。


「じゃーこの店で1番高いのちょーだい」
「私もご一緒しても？」
「どーぞどーぞ」


さすがプロ野球選手だった。
今までいた店では味わうことのなかった感覚。
こうも簡単に売り上げがとれるなんて。


「「乾杯」」


グラスをチン、と鳴らして。
喉を通る焼けるような熱さ。
高級ウィスキーって本当に苦手。


「まずー。ね、ボトル入れるからビールのんでいい？」
「入れなくてもビール飲みましょ」


目の前のこの人も、私と同じだった。
高級ウィスキーよりもビール。
本当におもしろくて、やっぱり笑ってしまう。


「…てかさ」


急に真剣な顔つきになるポチ。
その熱い眼差しに、ドキリと胸が高鳴る。


「Aちゃんの方こそ言われ慣れてるやろ？」
「…？何をですか？」
「かわいい…とかさ」


拗ねるような顔つきが、やっぱり犬っぽくて。
コロコロ変わる表情に、虜になりそうだった。


「全然」
「うそつき」
「…悲しいけど、ホントです」


まだ会って1時間も経ってないのに。


この店にははじめて来たこと。
前の店では売り上げがなかったこと。
お客様はほとんどサラリーマンで
愚痴を聞くだけの役割だったこと。
愛想がなくて、何度もチェンジになったこと。

いろいろ…話してしまった。


「そっか」
「ごめんなさい…私ばかり話して」
「んーん。Aちゃんのこと知れて嬉しい」


こんなに楽しい時間を過ごせるのは
人生で初めてかもしれない、と思えた。

それくらい山田哲人という男に
惹かれる自分がいた。


「くそーやっぱりお持ち帰りしたいな」
「心の声が漏れてますよ」
「ねー、一緒に帰ろうや」
「お断りします」
「俺さ、ベッドの上が1番優しいんやで？」
「誘い方が露骨！」


このままこの人について行きたい。
そんな感情に飲まれそうになりながらも、
まだ少し残る理性をなんとか保っていた。


「じゃーまた明日くる！指名していい？」
「…もちろん」


去りゆく姿さえ、かっこよかった。

浮かれていた私は
自分に向けられている鋭い視線に
まだ気づけなかった。

6→←4

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す