その時 ページ8
『冷蔵庫を開けないで』
りゅう兄が此処で暮らすにあたって、私が最初に課した制約のうちの一つだ。りゅう兄は今のところそれらを全部守ってくれている。
冷蔵庫を開けていいのは一応の家長である私だけで、りゅう兄は中から牛乳パックや卵を取り出す私を少し遠くから見ている。
「A、奥にある新聞紙は何を包んでいる?」
「えっとー、スイカだよ。まだ食べ頃じゃないから、こうして冷やしてとっといてるの」
「そうか」
「さっき買ったニンジン、洗って皮むいといて」
「承知した」
水が流し台に叩きつけられる音を聞きながらスイカを奥に押し込む。かさばるから早く処理がしたいのだけど、なかなか難しい。
■
りゅう兄が皿を洗って、私がそれを布巾で拭いて食器棚に戻していく。私は踏み台を使わなければならないけれど、やっぱり一人より二人でやるほうがずっと早く終わるのだと最近実感している。
「りゅう兄、銭湯行こうよ」
「戦闘? 闘技場があるのか」
「銭湯ー! お風呂!」
何でちょっとがっかりしてるの。
今までは水浴びや濡れタオルで体を綺麗にしていたけど、そろそろお湯に浸かりたい。髪もゴワゴワになってきたし、あまり外に出ないりゅう兄は銭湯の場所は知らないよね、と思って提案したのだ。
アスファルトで舗装されてはいても、外灯もろくにない道は暗い。ぽつぽつと見える民家の灯りを横目に、片手にバスタオルや石鹸を入れた洗面器を抱えて、もう片方の手は風呂に乗り気でなさそうなりゅう兄と繋いで歩いた。
「りゅう兄、田んぼに落っこちないでね」
「その時は道連れだ」
「ひえっ……手ぇ離して」
「断る」
りゅう兄は私の手を強く握り直した。ぶんぶん振ってみても離れない手が、どこにも行かないと言ってくれているようで嬉しかった。田んぼに落ちるのはちょっと嫌だけど。
ジィジィ、リリリ、と脇の草むらからは虫の鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。ふいに吹いた風が熱気を攫い、りゅう兄の髪と私の薄手の上着の裾が靡く。風に運ばれてきた水の匂いに、きっと今日の夜中は雨が降るのだろうと思った。
ぽつりと立った外灯。白色の灯りには蛾や小虫が群がり、下に転がったセミの亡骸をアリが列を成して啄んでいる。
「……夏は、密接に絡まり合った生と死の円環を最も間近に感じられる季節だ。この頃よくそう思う」
え、えんかん?
意味がよく分からず、りゅう兄を見上げる。私の視線に気付いたりゅう兄からは静かな微笑みが返ってきただけだった。
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若葉 - 途中からおじさん亡くなっているのかなぁ〜とは思ったけどすっきり読めて面白かったです。 (2023年4月10日 17時) (レス) @page16 id: 7981b3d9d1 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - 月@坂田家さん» 妄想ありがとうございます(?) 芥川さんに恋愛感情はありませんが夢主が「恋人ごっこしよ〜」て頼めばワンチャンあるかもです (2019年10月14日 21時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
こめ(元団子)(プロフ) - 龍さん» ありがとうございます! 番外としてなら書いてみたいですね〜。コナンとのクロスオーバー……この夢主は犯罪者なので罪が必ず裁かれるコナン界では圧倒的不利…! (2019年10月14日 21時) (レス) id: a3e8a2be57 (このIDを非表示/違反報告)
月@坂田家 - 龍さん» 最高かよ(真顔)ここからは私の妄想ですが僕の人と←←(すみません)夢主ちゃん付き合う的な?妄想してました。はい←← (2019年10月14日 18時) (レス) id: b21dfdda1d (このIDを非表示/違反報告)
龍 - とても面白かったです!続編が出るなら即効読みたいです!!探偵社と関わったりポトマと楽しく任務もこなす様子とか読んで見たいです。クロスオーバーで、コナンとのコラボもありかもと、想像してます!これからも応援してます。 (2019年10月8日 17時) (レス) id: 8c48355218 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こめ | 作成日時:2019年5月3日 14時