Hush a Bye Baby【文スト 芥川龍之介】

みんな ページ11

目蓋を覆われ、沈みゆく意識の中で何かが額を撫でた。すぐに離れていってしまうそれをまだ味わっていたくて掴んだ手は、どこかぎこちなさの滲む所作で外されてしまった。


キジバトの鳴き声で目が覚めた。
昨日は大雨だったから、今朝はきっと綺麗に晴れていることだろう。タオルケットを足でばさりと跳ね除けたところで、腹に感じる重みに気づく。固く温かいそれを手で払い除けようとして、私はようやっと瞼を上げた。


「ひゃっ」


視界一杯に広がる想定外の人に、思わず声が出た。

閉め切った雨戸の隙間から差し込む僅かな光源によって、目の前の人は薄暗いながらもはっきりと見える。

一定に繰り返される微かな呼吸音。尾の薄い眉は緩み、口元なんか少し開いている。はだけた寝間着からは肌がいつもより多く露出していた。

ときどき抜けてはいるものの普段はあまり隙のない印象のりゅう兄が安らかに至近距離で眠っている。そっと布団を抜け出そうとしたところ、『ん』だか『む』だか形容し難い声で呻いたりゅう兄にがっちり捕まえられてしまった。

むずがって眉が寄せられたのも一瞬の事で、すぐにまた穏やかな寝息をたて始める。

す、と吐かれたりゅう兄の息が、ふわりと顔に届いた。


ひえ。


「起きてりゅう兄！！」

「……！？」


耐えきれず耳元で叫んだ。上半身を素早く起こしたりゅう兄は辺りを見回し、それから私を見て、強張らせていた体の力をゆるゆると抜いた。

此処はりゅう兄が使っている部屋だ。恥ずかしくて訊けないが、一緒に寝ていた理由はきっと私にあるのだろう。とても気まずい。
といっても、それは私が勝手に感じているだけで、りゅう兄は何時も通りである。

布団から抜け出し、雨戸を開ける。固いそれに奮闘していると、りゅう兄が無言で代わってくれた。ガタガタと建付けの悪そうな音を立て、雨戸は嘘みたいにあっさり開いた。


遠くの山まで見渡せるほど外はさっぱり晴れていた。庭の草や木の葉についた雨粒が、淡い朝日に反射して光っていた。

りゅう兄は私の隣でその景色を眺めている。その瞳に映るのが、喪ったという彼の記憶であるのか、この目の前の景色であるのか、あるいはそのどちらでもないのか。私には判らない。


「A、散歩に行こう。静閑とした場所が好い」


私達の間に流れていた沈黙を断ち切ったりゅう兄をぽやりと見上げる。


「だが僕は此処の地形に疎い」


零された言葉に、ゆっくりと微笑んだ。


「良い場所、知ってるよ」

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