指先に魔法、耳元に宇宙《緑》

40 ページ40

雨の音が止んだ。
それでも手にしているビニール傘には雨粒が強く打ち付けているから、これは、私の錯覚なんだろうな。


不意に掴まれた腕に跳ね上がった心臓が、その正体に気付いて余計に激しく跳ねる。

目の前に、智洋がいる。

終始焦っていた彼の動きが静かに止まった。
ゆっくりと顔をあげれば視線が絡む。

その目に戸惑いが見えた気がした。


そりゃ、そうだ。
いきなり服掴まれて、いや、私だって腕掴まれたけど。
ってそうじゃなくて...。


神「あ「私、職場すぐなので、ここからなら濡れませんし」

神「ちょ、待「ファン、なんです」

神「え...」

「ずっと、ファンだったんです、応援、してます。
あ、爪もこれ、神ちゃんカラー...」


神ちゃんなんて、自分で言ってて違和感しかない。


神「え、あ、そっか...ほんまやね」

「だから、あの、濡れて帰らせるなんて、できないから。
だから、傘、使ってください」


開いたままの傘をそのまま差し出した。
智洋の手が控えに傘の柄を持ったのを確認して手を離す。


神「ほんなら、せめて職場まで送らせてください」

「あ、本当にすぐ隣なので」

神「それでもええから、お願い」


そんな風に言われたら断れなくて智洋と同じ傘に入る。
わかってはいたけど、私より背低いんだなぁ。

色素を抜いた金色の髪が黒いキャップからのぞく。
黒いマスクに、黒い服に、ギラギラ存在感を主張するゴールドのピアス。

智洋の私服ってもっと派手かと思ってた。


私がずっと目で追っていた深緑のピアスがなくなっていて、嫌でも過ぎてきた時間の長さを感じる。


ほんの数メートルの距離、それでも一応、一般の女と相合傘。


「アイドルがこんな事していいんですか？」

神「たぶん、ダメです」

「「...」」


こんな事、前にも話したな。


「あの、ここです」

神「ふ、ほんまに隣や(笑)」


マンションを指さして、フロントの屋根の下に入る。


神「ほんまに、傘ありがとうございます」

「いえ、風邪引かないようにして下さいね。
...応援してます」

神「ありがとうございます。
あの...僕も、応援しとります」

「え」

神「これからまだお仕事ですよね？頑張ってください」


ペコリと礼儀正しく頭を下げて、彼が背を向け走り出せばザァッとそれまで静かだったのが嘘みたいな雨音。

その背中があっという間に白く霞んで視界から消えた。



「ただいま...」

ふらふらと誰もいない部屋に戻る。

ビニール袋からトイレットペーパーを取り出せば、コツンと軽い音を立てて転がるそれを見つけて。

手にとった頃には、涙が溢れてた。

41→←39

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す