竜胆の花束を貴方に(煉獄杏寿郎)2

それは… ページ32

『はい、今日の消毒は終わりですよ』
そう言うとしのぶは、Aの手に巻いた包帯の上に、そっと手を乗せた。
「ありがとうございます。」
Aは、ぺこりと頭を下げた。
『でも！まだ無理は禁物ですからね！』
そう言うと、しのぶは人差し指を立てる。
無理をして倒れたことは記憶に新しいので、Aも苦笑しながら頷いた。

「ふぅ…」
『あら？どうしたんです？』
「…え？」
『ため息…ついていたでしょう？』
小さく息を吐いたAは無意識だったようで、しのぶの言葉に小首傾げている。
「ため息…ついてました？」
そう言うとAは、そっと己の唇に指を添えた。
『何か悩み事でしょうか？』
そんなAに、しのぶは苦笑している。
「悩み事…というか、その…」
そう言うとAは、うろうろと目線をさ迷わせた。
『話してみると存外に簡単に解決するかもしれませんよ？』
ふふっと、微笑むとしのぶは先を促す。
「実は…」
そう言うとAは、ぽつりぽつりと話し始めた。



煉獄家から帰還して数日経ち、Aは蝶屋敷内を歩き回れるほど回復していた。
落ちてしまった体力を回復する意味も込めて、一日に何回か蝶屋敷内を散策するように歩くのが日課となりつつあった。
そんな時、鍛錬場の前を通ると中から杏寿郎の声が聞こえてくるので、Aは好奇心に駆られこっそり中を覗いて見た。
そこには、おそらく蝶屋敷で治療を終えたであろう女性隊士三人に、指導をする杏寿郎の姿があった。
(かっこいいなぁ…後輩みんなに優しいんだ…)
Aは最初、そんな微笑ましい気持ちで四人を見ていたのだか、女性隊士達の眼差しに既視感を覚え首を傾げた。
(この人達…同じだ)
しばらく眺めていてAは彼女達のそれが、己が杏寿郎を見る眼差しと同じだと気づいたのだった。
"彼女達も杏寿郎に好意を持っている"
気づいてしまえば気になって仕方なく、かと言って見守れるほど心穏やかでは居られなかった。
Aはその場を後にしたが、それから何故か気まずく杏寿郎を遠巻きにしている状態だった。



「……という感じでして、避けているつもりでは無いのですが…このままでは、杏寿郎さんに嫌われてしまいそうで」
そう言いながら項垂れるAは、宛ら飼い主に叱られた飼い犬のようである。
《なるほど…そういう事だったんですね》
しのぶはそんなことを思いながら苦笑していた。

それは…2→←寄り添う3

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す