天才時々天災【桃源暗鬼】 (ページ10)

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「………」

『！？ちょ、ちょっと待って！』

物思いに耽っていたとき、視界の端で無人が動き出したのが見えた。驚いた私は咄嗟に腕を掴み、この場に引き留める。

何をしようとしたのか大方見当がつくけど、それでも私には無人を止める理由があった。

上空を飛ぶヘリコプターに視線を移し、さも当然といった顔で無人は私に言う。

「もうすぐ人が集まるだろう。その前に回収する」

『………』

「A」

『………もう少しだけ待ってくれない？』

決して振りほどこうとはせず、言い聞かせるような口調で話す無人。私はほんの少しだけ掴む手に力を込め、自身の思いを吐露する。

無人の言うことは正しい。ここにいる時間が長引けば長引くほど、人目につく危険性が増していく。一刻も早くこの場から立ち去るべきだと、私も頭ではわかってる。わかってはいるんだ。

だけど………

『何かあったら、私が責任を取る。だから、お願い………もう少しだけ、あの子に時間をちょうだい』

まもなく、あの男性は死ぬ。残された時間は刹那だろう。そんな僅かな時間でも、せめて最期くらいは2人きりにしてあげたい。

家族を失う苦しみと絶望は幼いあの子にとって、きっと耐えがたいものだ。最期の言葉を交わせなかったら、それはもっとつらい。

私たちのような部外者がそれをぶち壊して良い理由なんて………どこにもないんだから。

「………2分だ。それ以上は待てない」

『十分だよ。ありがとう』

小さくため息をついた無人だったけど最終的には私の頼みを受け入れてくれた。感謝の言葉を告げると、「慣れっこだ」という顔をされる。

「A」

『何？………あ』

そんなやり取りをしていた間にも、少年と男性は多くの言葉を交わしているようだった。男性は拳を空に掲げ、自身の想いを少年に託している。

そんなとき、突然立ち上がった少年が男性の肩を担ぎ、その場から移動させようと足を動かした。

きっとまだ、少年は諦めていないんだ。「これから」の話をしたいと奮い立たせるように少年は熱く語る。

少年の親を想う気持ちに男性はとても幸せそうな表情を浮かべた。これまでの少年との日々が思い返されているのだろう。

桃と鬼がいつの日か、肩を組んで生きられたらいいと………そう呟く男性。

幸せそうな表情のまま、担がれた男性の身体がグラッと前に倒れ、そして………

………もう二度と息をすることはなかった。