天才時々天災【桃源暗鬼】 (ページ44)

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手際良く木に縛りつけていく無人とそれを黙って受け入れる少年。そんな2人の様子を私は離れた場所から眺めていた。

「A………A？」

『っ！ごめん、何？』

私の名を呼ぶ声に意識が引き戻される。急いで顔を上げると、携帯を片手に私の方を見ていた無人と目が合った。

「屏風ケ浦はここでリタイアだ。保健医をここに呼んだから後は頼む」

『ああ、うん、了解。私に任せて』

今後のことについて簡単に説明してくれる無人。私が考え事をしていた間に必要な手配は全て無人がやってくれたらしい。ありがたいね。

『あ、そうだ。リタイアってことはもう使っても大丈夫？』

「構わないが………無理にやる必要あるのか？」

『わかってないね。こういうのは気持ちが大事なんだよ？』

ふと思い出したことを私は口に出した。

………危ない危ない。すっかり忘れるところだった。ようやく、この子のリタイアが正式に認められたことだけど、念のため確認は取っておかないとね。

準備の方はとっくにできてたけど、万が一、鬼ごっこが続いていたら約束を破ることになるからさ。

『ほら、まだ時間残ってるんでしょ？私のことはいいから、いったいった』

「………」

何か言いたげな表情の無人の後ろで、ふらつきながらも身体を起こした少年。少し休んだことで身体が動くようになったんだろう。

あの子はリタイアしたわけでも、拘束されたわけでもない。3人の中で唯一、未だ鬼ごっこに参加している生徒だ。捕まえ役がその役目を放棄してどうするの。

『さーてと』

無人が自身の役目に戻ったのを確認した後、私はカチッと音を立てて仕込み針を出す。そのまま指を横に滑らせればジワリと溢れる赤黒い血。

少女の身体に触れる寸前で血(それ)は形を変え、重力に逆らって静止した後、少女の額へと落ちた。

『………ん？』

ふと視線を感じて私は顔を上げる。木に縛りつけられたままの少年が目を見開いてこちらを見ていた。

そういえば、生徒の前で血を使うのは今回が始めてだっけか。そこまで驚くようなことはしてないんだけど………そんなにまじまじと見られたら少し照れるね。

『シー………』

人差し指を口元に立て、妖しげな笑みを浮かべる私。そんな私の圧に押され、少年が無意識に頷いた瞬間、“それ”は跡形もなく消え去った。