天才時々天災【桃源暗鬼】 (ページ41)

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「っ………何をした！」

身体を起こした少年は苦々しげな表情を浮かべて私を睨む。懐からハンカチを取り出し、少女の顔に付いた血を丁寧に拭き取りながら、私は少年の問いに答えた。

『別に、特別なことはしてないけど。何されたかは自分が一番わかってるんじゃない？』

「っ………」

私の言葉に心当たりがあるのか、少年は自身の足元を見下ろし、ぐっと押し黙る。そんな様子の少年を一瞥した後、私は黙々と手を動かし続けた。

『特別なことはしてない』と告げた私の言葉は嘘偽りのないことだ。誓ってもいい。

私は彼に足払いをかけ、それによって彼がバランスを崩し、地面に倒れただけのこと。血を使うことはもちろん、殴ったわけでも蹴ったわけでもない。

私はただ、彼に足払いをかけただけ(・・・・・・・・・・・)。氷の上で優雅に足を滑らせるが如く、軽くトンッと触れただけだ。

残念ながら、その一連の動作が彼には見えなかったみたいだけど………まあ、それは仕方ないよね。見せるためにやったわけじゃないし、目で追えなかった彼が悪い。

「派手にやったな」

『いや、どこが？十分過ぎるほど手加減したよ』

側に立つ無人がそう呟くのを聞き、私は呆れながら顔を上げる。ほんの少し足は痛むかもしれないけど、軽傷で済んでいるんだから無事な方でしょ。

この子が入学直後であることに免じて、私なりに最大限の手加減をしてあげたんだよ？どっかの無人と違って、私は生徒たちに優しいからね。それのどこが問題なのさ。

『………まあ、いいや。その子は任せたよ。こっちのことは気にしなくていいから』

私は視線だけで少年を指し示す。自身の不甲斐なさからか、少年の身体は怒りで僅かに震えていた。

そんな様子を見てため息をついた後、無人は広げた傘を少年へと向ける。

「最初に言った通り、俺は血を使わないから安心しろ」

「舐めんな！」

勢い良く地面を蹴り、左手に出した刃物で無人に襲いかかる少年。

自身の失敗を少しでも取り戻そうと躍起になるかなと思ったけど、上手く気持ちを切り替えられたようだ。こういうところは褒めてあげてもいいね。

『さーて………“あの”無人相手に彼はどれだけできるかな？』

私は少女の身体を楽にさせ、未だ止まらない血の止血を行いながら、勝負の行方を黙って見守っていた。