天才時々天災【桃源暗鬼】 (ページ32)

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『っ』

木に手を置いたまま、私はギュッと両手を握り締める。その拍子に小さな木屑がいくつか手に刺さったけど、胸の痛みに比べればなんてことのない怪我だ。

「何も知らず、何も分からず、ある日突然殺される子供たちは最期に何を想って逝けばいいんだろうね。せめて、全てにおいて平等な天国があることを願うよ」

「天国」という言葉がなぜか心に残る。

ただ鬼に生まれたというだけで理不尽に殺される運命。その残酷な運命を生まれた時から背負い、息を潜めて暮らす鬼たち。

いったい、彼らが何をしたというのだろう。ただ平穏に暮らしたいだけなのに、命を狙われる恐怖に怯え、普通の幸せさえも許されない。

それならば………せめてもの救いとして、来世に幸せを求めるのはいけないことだろうか。つらい現実から目を背け、死後はきっと幸せになれると願うことは許されないのだろうか。

先に逝った彼らが今度こそ、幸せでいてくれればいいと………私は心からそう願う。今はまだ、それを現世で叶えられないことが非常に苦しいけどね。

命を狙われる恐怖から解放され、鬼だからという理由で殺されることもなく、誰もが心の底から笑い合える世界。

もし、本当に「天国」というものがあるのなら………それは、なんて素晴らしい御伽噺(世界)だろうか。

『………』

ポタッと黒いインクが垂れ、じわりと染み込むように私の心は“何か”に蝕まれていく。一度広まった“それ”は、いとも簡単に心の中へと根を降ろした。

………私は、彼らの助けになれているのかな。私のやっていることは、本当に………

「天国なんていりませんよ。強ければ死なない。シンプルな話です」

沈んだ空気を一掃するように、そう強く言い放った無人。どんな気持ちでそれを言ったのかはわからないけど、相変わらず淡々と事実だけを伝えている。

『ぁ………』

下にいる2人に気づかれないよう、私は小さく息を吐き出した。先ほどまでの息苦しさが薄れ、思考が少し鮮明になる。

『っ、はあ………はあ………』

私に直接向けられた言葉でないことは十分わかってる。それでも、黒く染まり始めた心が少しだけ救われたような気持ちになった。

勝手に自滅しておきながら、勝手に救われた気になるなんて………ほんと、身勝手な話だよね。何やってんだろ、私。