天才時々天災【桃源暗鬼】 (ページ22)

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ただ、この子の中では慌ただしく時間が過ぎ、大切な人の死を悼む時間ですら、まともに持てなかったんだ。

………濁流のように押し寄せる感情に呑み込まれないといいんだけど。

「後悔に浸るなんて時間の無駄だ」

「お前そーゆう言い方………」

あまりにも無遠慮な言い草に弾かれたように顔を上げる少年。少し怒りを含んだ視線が無人に向けられた。

きっと、自分と父親のことを馬鹿にされたと思っているんだろう。実際、そう思われても仕方がない。

弁明してあげたい気持ちはやまやまだが、無人の言いたいことが私には十分わかるため、ここはとりあえず黙っておく。

「同じ後悔しないために強くなれ。経験を無駄にする非合理的な馬鹿になるな」

その言葉を聞き、目を大きく見開いた少年。相変わらず、わかりにくい言い方ではあるけれど、無人の言いたいことが少しは理解できたようだ。

『過ぎた事実は変わらない。立ち止まる暇があるなら前に進む勇気を持って。それができないなら置いてくだけだよ』

時間を巻き戻すことは誰にもできない。“たられば”の話をしても、自分の気持ちが軽くなることは一切ない。

それならば、自分はどうしたいのか、何を成し遂げたいのかに時間を割くべきだ。大切な人を亡くしたのなら尚更。

何がなんでも生き延びて、その人から貰った命を大切にする………それが唯一の恩返しだからね。

「あんたら優し_____」

「ちんたらするな！教室まで15秒で行くぞ！」

愁いを帯びた空気の中、照れくさそうに答える少年の言葉を遮り、教室へと向かい始めた無人。突然のことに不意を突かれた少年は呆気にとられていた。

『………やれやれ』

そんな様子を見て、私は肩を竦める。苦笑いを溢した後、一瞬で私は無人の隣に追いついた。そんな私に少年はさらに目を見開き、ようやく自身の足を動かす。

「ズリィんだよ！無理だろ！」

「そうか。じゃ、退学だ」

「鬼かよ！」

「鬼だが？」

「やかましいっす！」

『あはは！』

人気のない廊下に賑やかな声が響く。

『ねえ、無人』

「なんだ」

隣を走る無人に私は声をかける。遥か後ろにいる少年の姿をチラリと見た後、私は再び前を向いた。

『強くなるね、あの子』

「………そうだな」

『ふふ』

素直に認めるなんて珍しいこともあるもんだと思いつつ、私たちは教室を目指して足を速めた。