検索窓
今日:1 hit、昨日:8 hit、合計:13,085 hit

#5 ページ10

「何で申し訳ないって思うんだ?」

「何でって……」

そういえば何でだろう。
自然と出てきた思いだから、よく分からない。

「オリンピックを目指してないのに試合で勝ちたいと思うことがか? それとも、みんなを差し置いてオリンピックへの切符を掴むかもしれないからか?」

コーチの発言に言葉が詰まる。
2つ目は絶対違うと言えるけれど、上手く言葉にできない。

「心配すんな。オリンピックはそんな簡単に出れるようなもんじゃねえよ。Aが想像してるより、その道のりは何百倍も辛くてしんどい。途中で投げ出したくなるくらいな」

一時、その場所を目指していたコーチが、真っ直ぐ前を見つめて言う。

「それでも、自ら茨の道を選んで、地獄を見て、周りよりちょっとだけ運のいい、神に選ばれたやつだけがあの場に辿り着けるんだよ」

あえて“努力”という言葉を使わないのがコーチらしい。
こういうのって、最終的には努力や練習云々より、ちょっとした運の差なのだろう。

残酷に聞こえるかもしれないけれど、きっとこれが現実だ。

「オリンピックに運良く出られるなんて思ってないので、安心してください」

でも、それを練習しない言い訳にするのは違う。
努力した人が必ず成功する訳ではないけれど、成功している人は少なからずどこかで汗をかいているのだ。

いや、成功というのがそもそも違うかもしれない。

「それに、オリンピックに出ることだけがアスリートの使命、という訳でもないですよね」

今まで積み重ねてきたものの結果が、自分の想像と違うものになったとしても、それには確(しか)と価値がある。
メダルや実績からだけでは、その人の生を語ることはできないのだ。

これを口にしないと、オリンピックに出場することのないまま現役を引退したコーチが報われない気がしてしまった。

「うん。お前はそういうやつだったな」

コーチの横顔は綺麗で、どこか哀愁を感じさせた。

<クリケットクラブ> #トロントにて→←#4



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.6/10 (25 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
87人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:たこやき | 作成日時:2022年9月18日 20時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。