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「何で申し訳ないって思うんだ?」
「何でって……」
そういえば何でだろう。
自然と出てきた思いだから、よく分からない。
「オリンピックを目指してないのに試合で勝ちたいと思うことがか? それとも、みんなを差し置いてオリンピックへの切符を掴むかもしれないからか?」
コーチの発言に言葉が詰まる。
2つ目は絶対違うと言えるけれど、上手く言葉にできない。
「心配すんな。オリンピックはそんな簡単に出れるようなもんじゃねえよ。Aが想像してるより、その道のりは何百倍も辛くてしんどい。途中で投げ出したくなるくらいな」
一時、その場所を目指していたコーチが、真っ直ぐ前を見つめて言う。
「それでも、自ら茨の道を選んで、地獄を見て、周りよりちょっとだけ運のいい、神に選ばれたやつだけがあの場に辿り着けるんだよ」
あえて“努力”という言葉を使わないのがコーチらしい。
こういうのって、最終的には努力や練習云々より、ちょっとした運の差なのだろう。
残酷に聞こえるかもしれないけれど、きっとこれが現実だ。
「オリンピックに運良く出られるなんて思ってないので、安心してください」
でも、それを練習しない言い訳にするのは違う。
努力した人が必ず成功する訳ではないけれど、成功している人は少なからずどこかで汗をかいているのだ。
いや、成功というのがそもそも違うかもしれない。
「それに、オリンピックに出ることだけがアスリートの使命、という訳でもないですよね」
今まで積み重ねてきたものの結果が、自分の想像と違うものになったとしても、それには確(しか)と価値がある。
メダルや実績からだけでは、その人の生を語ることはできないのだ。
これを口にしないと、オリンピックに出場することのないまま現役を引退したコーチが報われない気がしてしまった。
「うん。お前はそういうやつだったな」
コーチの横顔は綺麗で、どこか哀愁を感じさせた。
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作者名:たこやき | 作成日時:2022年9月18日 20時