#ルッツの手応え ページ19
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……で、どうしてこんなことになったのか。
「そろそろやめていただいてもいいですか」
「ん? どうした?」
「うわ。シラを切るんですね」
「何のことだろうなあ」
そう言った羽生さんは私の目の前でオシャレにステップを踏んでみせた。
オリンピックシーズンということもあって、普段よりグループレッスンの人数が多いらしいというのは後から聞いた話。
リンクにいる全員で広がると、意外と使える面積は少なかった。
だからこそ、お互いがぶつからないように身体を上手くコントロールしながら、同じ動きを同じスピードで行う必要があった。
先頭で滑るのをリードしてくれたのは、羽生さんと西洋系のお顔の選手で、その2人の動きをみんなで真似るというような形だ。
引っ張ってくれた2人のスケーティングはやはり別格で、やっていることは基礎の基礎なのに、見惚れてしまうほどに全ての所作が綺麗だった。
元々1人で練習してきた私にとって、グループレッスンは苦手意識のあるものだったけれど、こんなにも意味のある練習方法だったのかと実感した。
レッスン後、数人ずつの個人練習ができる時間を設けてくださったので、ありがたく復習の時間に利用しようとしたのだが。
「ループ降りたら私より質の高いループ降りてるし、サルコウ降りたらイーグルのおまけ付きサルコウ降りるし」
跳ぶジャンプを全部羽生さんに真似されるのは気が散ってしまう。
おまけに私が跳んだのより全部1回転多いし。
「あれ? バレてたんだ」
「ついでにさっきまでずっと真後ろを滑ってましたよね」
「あぁ、Aちゃん結構スピード出るんだなあって思って」
追いかけてみた、と特に何の悪気の欠片もないような少年の笑みを羽生さんは浮かべた。
こういうときは何と言えばいいのだろう。
素直に「さらっと4回転降りれちゃうのすごいですね」とか言ってあげるべきなのだろうか。
「さすがのスケーティング力ですね」とか?
何か悔しい。
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作者名:たこやき | 作成日時:2022年9月18日 20時