#なな ページ7
「なんでここいんの」
このとき、頭に流れてくる声をすんなり受け入れてそう尋ねたのはなぜだったっけ。
後からそんなことを思ったけれど、もちろん無意識だった。
自然な流れで、真面目に猫と会話する羽目になる。
「なんでって……あなたが来ないからですよ」
「いやじゃなくて、中寒いし、そもそも猫が入ってこれるような出入口なくない？」
「実はこのような液体生物しか通れないような通気口がありましてですね」
「そんなのこのリンクにあったっけ」
「はい」
「だめじゃん直さなきゃ」
「え」
どこにそんな場所があるんだ？
そう思いながら徐(おもむろ)に立ち上がる彼を引き止めるように「待って待って」と声がかかる。
「結構頑張って探してやっと見つかったんですよ、その穴」
「簡単に出入りできるようなところが存在するとか危ないでしょ」
至って冷静に彼は言う。
まずはスタッフさんに知らせなきゃだよな、とまで考えが行き着いているほどに冷静だ。
「とりあえず話を聞いてくださいって」
せっかく声が届くのに。
その言葉で一旦、我に帰る。
いや、思い直すというほうが正しいのだろうか。
そもそもこの状況はおかしいはずなのだ。
普通ではない。
聞こえてくる声も、猫がスケート場内にいる事実も、実は全て夢なのかもしれない。
自分主催で企画するアイスショーが現実的になってきているから、逆に癒しの夢を見させてもらっている可能性もある。
散々夢を追いかけてきて、残酷な現実と向き合ってきた自分が、今更夢を見させてもらえているのだろうか。
そんな嘘みたいな自分本位の考えが出てきたことに、苦笑した。
巡らせていた思考を止めてから、彼はもう1度その場でしゃがみ、猫に手を伸ばした。
急に出てきたその手に、警戒したような表情を猫が一瞬見せたが、それには気づかないフリをした。
ひとまず聞こうじゃないか。
これはどういう状況で、どんな夢物語なのかを。
会話が成立しているこの“声”が話す話を。
喉を鳴らす猫を両手で抱きかかえ、ベンチ下から出してあげたあと、黄色いクマの横に降ろす。
「……この声、君？」
不安げな表情で彼がそう尋ねる。
なんせこんな経験は初めてだったし、実は、“きっとそうなのだろう”という確信は全くないままだったのだ。
尋ねられた張本人の猫は、彼の手から降ろされた姿勢そのままで、笑ったような表情を浮かべた気がした。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 7人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：たこやき | 作成日時：2023年6月14日 17時
