#ろく ページ6
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今日はいつも以上に疲れた。
体力的な部分もそうだけれど、年内に開催できそうなアイスショーの中身を考えたりして、貸切時間ギリギリまでリンクの上にいたのだ。頭も身体も疲弊している。
ベンチに倒れるように座り込むと、彼は愛用のティッシュケースを手に抱えた。
「こんなときでも、お前の顔は変わらないのな」
じんわり愛おしく感じて、柚子を持った黄色いクマの顔を両手でいじる。
猫を撫でることが増えていたここ数日、クマに構ってやれてなかったなと思い、退出時間が近づいている中、彼は壁に寄りかかりながらそれをいじり続けた。
「今日はぬいぐるみを撫でるんですね」
“聞こえた”、という表現は恐らく合致していない。
不意に脳内を流れたその声は、女性とも男性とも言い切れない声質だった。
彼は1度手を止めて、辺りを見回す。
当然ながら誰もいない。1人だ。
でも、確かに話しかけられている。
誰かが俺に喋りかけている。
まだ遭遇したことがなかったが、もしかして幽霊?
正直、この時間帯なら出てもおかしくない。
真夜中だし全然あり得る。
冷静にそんなことを考えだした彼の脳内にまた声が流れる。
「最近ずっと撫でてくれてたから待ってたのに。遅いなあと思ったら浮気ですか?」
話の内容ではっとした。
いつもは外で会うあの猫の存在を、ここで探すはめになるとは。
どこにいるのか、と目を凝らしてベンチ周りを捜索してみると、案外あっさり見つかった。
「あ、バレました?」
しゃがみこんだ彼は、猫を認識すると大きく目を見開いた。
猫は、彼が座っていたところとは別のベンチの下に寝転がっていた。
その生物は気が抜けたのか、そのまま大きな欠伸をして自分の前足を舐めはじめる。
まるで、ずっと前からそこが自分の居場所であったかのような格好だった。
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作者名:たこやき | 作成日時:2023年6月14日 17時