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その日もひとり、黙々と滑り続けた彼は、練習終わりに首輪などついていないその猫が暗闇からゆっくり出てくるのを見かけた。
「……野良猫?」
よく見かけるようなキジトラ地で、尻尾を綺麗にまっすぐ上に伸ばした猫は、彼の目をキリッと捕らえていた。
氷上で身体を酷使し疲れ切っていた彼は、その猫を見かけるや否や近づき、しゃがんで猫と目線を合わせた。
お互いにしばらく見つめ合い、静止する。
こうしているだけでも、幾分か疲れがとれていく気がした。
猫に見えるよう手を出した彼は、毛並みに沿うようにしてそっと撫でてみると、猫は後ろ脚をスムーズにたたみ座りこんだ。
「逃げないなあ、こいつ」
それをいいことに、背中、顎、頭を好きなようにいじってみると、猫は気持ちよさそうに地面に横たわり、転がってお腹を見せた。
うわ……癒されるんだが。
猫はやはり野良なのか、毛の部分は手入れされている様子がない。
ただ、ちゃんとどこかで食べているのか、痩せ細っている感じでもなく、悲愴感はなかった。
つかの間の癒しをもらったあと、名残惜しいながらも荷物を持って立ち上がり、「バイバイ」と猫に向かい手を振った。
しんと静まる真夏の夜。
辺りの施設は最小限の灯りによって照らされている。
彼が歩く姿を見送った猫は、髭を整えつつ踵(きびす)を返したのだった。
それからほとんど毎日、練習が終わると無意識のうちにあの猫を探して、見つけては撫でる日々が続いた。
ひとしきり撫で終わると、気を遣ってか、猫もあっさり暗闇に戻る。
そんな距離感がこの上なく楽で癒しだったのだろう。
気づけば愚痴など、人には言えないようなことを猫にこぼしてみたりもした。
暑い夜なのに、外の居心地はとても良かった。
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作者名:たこやき | 作成日時:2023年6月14日 17時