ある青年の手記_______3 ページ47
・
地獄の日々がはじまった。
父親と鉢合わせすれば殴られる。俺は家に帰るのを避けるようになった。
すると、殴る相手のいなくなった父は、母親にも手を挙げるようになった。
父の仕事のときをねらって家に帰ると、リビングに座り込んで静かに涙を流す母親の姿があった。
美しい顔はパンパンに腫れ、むくみ、まるで別人のようだった。
久しぶりに帰って来た俺にも、母は何も言葉をかけなかった。
ただ、一言、
「＿＿＿＿＿＿＿＿あんたの、せいで」と。
俺はその日から、毎日家に帰るようになった。
俺がいれば、少なくても母さんは殴られずにすむ。
そう言い聞かせながら、殴られる理由がほかにあることを、俺は気が付いていた。
俺は怖かったのだ。
母さんに嫌われることが。
あんたのせいで。その先に続く言葉を聞くのが怖かったのだ。
あんたのせいで、殴られた。
あんたのせいで、わたしはずっと幸せなれない。
そう言われている気がして。
必死にそんなことないと、母に証明しようとしていた。
俺を生んでよかっただろ、母さん。だって俺は母さんのかわりに殴られてやってるんだから。俺がいなかったら、母さんがぼこぼこに殴られるかもしれないんだぞ。
俺だけが、母さんを守ってやれるだろ。
だから、俺がいて、幸せだろう。
ろくな抵抗もできない俺を、父親は容赦なく虐待した。
顔が腫れているせいで、大学にも行けなくなかった。
一日中部屋に閉じ込められて、「説教」と称して水をぶっかけられたり、バットで叩かれたり、たばこの火で肌を焼かれたりした。
こんな痛い思いをするなら、いっそ殺してほしい。
でも俺が死んだら、母さんはきっと………
そんな日々が、どれくらい続いただろう。
その日、父はコーヒーがぬるいと言って、俺と母に怒鳴り散らし、俺をまた殴り飛ばした。
リビングの床には、昨晩父が飲んでいた缶ビールが転がっていた。
父が暴力をふるうようになってから、母も酒をよく飲むようになった。
たばこは呼吸するように、吸っていた。
父が馬乗りになって俺を殴っている様子を、母は静かに眺めていた。
俺が最期に祈ったことはなんだっただろうか。
今となっては、それももう、思い出せない。
・
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 935人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
海星(プロフ) - カラ松ガールさん» ありがとうございますっ…！ めちゃくちゃ嬉しいです！！ 頑張ります！ (2019年10月31日 7時) (
レス) id: 9bd37337b9 (このIDを非表示/違反報告)
カラ松ガール(プロフ) - 前回からここまで一気読みしました！神ってました！大好きです！ (2019年10月30日 23時) (レス) id: addc97a0c8 (このIDを非表示/違反報告)
明里香(プロフ) - 74話に誤字がありました。「有紀子」ではなく、「有希子」です。 (2019年10月28日 23時) (携帯から) (レス) id: 85d4df75a2 (このIDを非表示/違反報告)
海星(プロフ) - 架印�靴気�» わわわ！ ほんとですね！ お恥ずかしい…ご指摘ありがとうございますっ！ (2019年10月26日 10時) (レス) id: 9bd37337b9 (このIDを非表示/違反報告)
架印��(プロフ) - 66話：「このタケシード姿、なかなかいいな」の所…。“タキシード”が“タケシード”になってますよ。 (2019年10月26日 0時) (レス) id: cb6e7377c2 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：海星
| 作成日時：2019年10月18日 9時
