ノクターン第13番 ll

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6月1日






5月27日から始まったファイナル。

課題である"今大会のために作られた未発表曲"の譜読みのため、セミファイナルからファイナル開始まで一週間の期間が設けられた。






審査結果発表後、ファイナリスト達はブリュッセルにある音楽大学でその期間を過ごした。

課題曲の情報漏洩を防ぐ為、外部との接触を一切遮断されたのだ。






一次では4曲のエチュードを用意し、披露できるのは審査員が選んだ一曲のみ。

セミファイナルではリサイタルプログラムを二つ用意し、同じく披露できるのは一つのみ。

そしてファイナルでは、渡された課題コンチェルトを一週間という短い期間で譜読みし、尚且つ仕上げなければならない。

何よりライバルたちと共に長期間同じ場所に缶詰にされるというのは、想像以上に精神的な負担が大きかった。






本コンクールが"世界最難関"と言われる所以は、こんな所にもあるのだろう。






「………」






6月1日 ファイナル期間最終日の今日、

いよいよ私の出番がやって来た。






控室はこれまで以上の緊張感に包まれ、
客席は今迄感じた事のない熱気を帯びている。



"エリザベート王妃国際音楽コンクール ファイナルステージ"

それがどれ程特別な意味を持っているのか、いま身をもって実感している。






「………」






泣いても笑っても、明日全ての結果が出る。

ウィーンで過ごしたあの時間を、無駄にするか否かは全て今日のステージの私次第。






ドクドクと速くなる鼓動、

少し震える手、



でも何故か、これから始まるステージが楽しみで仕方がないんだ。

この前のようなスタンディングオベーションのあの景色を、早くこの目で見たくて仕方がないんだ。






"ガチャ"






静寂に包まれる控室に、私を迎えに来た音が鳴り響く。






『No.58？』






鞄から一枚のメッセージカードを取り出し、ぎゅっと自分の胸に押し当てた。

深く心に刻むように、
この鼓動を落ち着かせるように、






"そっちがな。"

右側の口角だけを上げ笑う彼が、また私にエールをくれたような気がしたんだ。






「………」






"しっかりしろ。"






"頑張れ。"

"負けるな。"

"踏ん張れ。"






身に纏った漆黒のドレスに、そっと彼の想いをしまい込んで、






「Yeah.」






鏡の中の私は、

自信と闘志に満ちた、とても強い瞳をしていた。

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