episode 47 ページ2
.
俺はテーブルの上に置いてある二つのグラスにワインを注いで片方を呷る。
「俺に何が足りないと思う」
「本気で好きになった相手への積極性」
「ぐうの音も出ねえ」
「ぐうの音どころか十分喋れてますよ」
続ける意味もないので黙った。すると「今度は本当にぐうの音も出ませんでしたね」とニヤつくセンラ。学生時代から変わらずうざい。
「話を聞く限り、会えば早いのにどうして会わないんです？前みたいに仕事の合間に会うとかすれば……」
「それの比にならねえくらいマネージャーに仕事入れてもらったんだよ。風邪引いた日分も取り戻さなきゃなんなかったし、マジで忙しかった」
「僕とは時々会ってましたよね」
「夜にA外出させるわけにいかねえだろ。……仕事で疲れたダセェ姿見せたくねえのもある」
「後者が理由として大きそうですね。ふーん……。ま、例の高級車の男に取られないように頑張ってください。応援してます」
「うわ、嫌なこと言うなよ……」
「ふふっ」
げんなりすればセンラが楽しそうに笑った。
高級車の男……どこをとっても庶民のAと関わりが見えねえ。一体誰なんだあいつは。
気になることは山ほどあるが、
――仕事には決して持ち込まない。
「いいねー、最高！次はもう少し色っぽく……」
カメラマンの指示に応え、俺は少し髪を崩して表情と仕草で雰囲気をガラリと変えた。
「いっ……いいね！さすがうらたぬき様……あ」
「ふ、カメラマンさん俺のこと実は様付けで呼んでるんですか？へぇ……」
色気の溢れる男になりきったまま発言してしまい、スタッフからの視線のいくつかに熱が籠ったのを感じて後悔した。
……こんな風に、狙わずとも簡単に落ちるのに、落とそうと手を尽くす相手が落ちないのは何故なんだ。
「俺はお前だけでいいのに……」
その時シャッター音が鳴った。
後日渡された雑誌のサンプルには、俺の撮り下ろし写真の中に一枚、色香を纏いながら哀愁の漂うものがあった。
□■□
屋敷の門の前で車を降りる時、坂田さんが手を差し出して待っていてくれる。
「あの、手は大丈夫なので……」
「ん？」
私を見つめる真紅が細まる。優しいのに、怖い。
「……ありがとう、ございます」
自分の手を乗せると、坂田さんは一瞬悔やむような顔をしたけれど、それが見間違いかと思うほど綺麗に微笑んだ。
「行くか」
「――はい」
今宵も長い夜になる予感がした。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 719人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
む-む(プロフ) - 更新ありがとうございます！いつも楽しく読ませてもらってます…！今後も応援しております！ (2月5日 22時) (
レス) id: e45905575c (このIDを非表示/違反報告)
蟹汁(プロフ) - 最新話とても楽しみにしておりました…！更新嬉しいです！ (1月9日 13時) (レス) @page19 id: 1d876901a1 (このIDを非表示/違反報告)
yume(プロフ) - すごくドキドキする楽しい作品です！更新楽しみにしてますー！ (10月28日 13時) (レス) @page18 id: af9fca39eb (このIDを非表示/違反報告)
きゆか(プロフ) - 更新楽しみにしてます…！いつか続きみたいなって思ってます…！！ (2022年10月31日 0時) (レス) @page18 id: 1051f9e52c (このIDを非表示/違反報告)
みこ - 更新頑張ってください！大好きなお話です！ (2022年10月22日 16時) (レス) @page18 id: 2aca8cdc1f (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ノア
| 作成日時：2020年8月27日 14時
