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「私、Aのために何が出来たんだろうって…ずっと後悔してた」
ガヤガヤと騒がしい居酒屋の中でも、二階堂先生の声ははっきりと耳に届いた。
ビールを飲みながらそう言う彼女は、寂しいような諦めたような、複雑な表情をしている。
「本当のこと話したときね、あの子は無表情だった。悲しいを通り越して絶望したみたいに」
「…先生は、その倫也さんのことがずっと好きだったのかな」
「いや、誰かに話せたとか言ってたから、好きって訳じゃなくなってたのかも。それでも大切な存在には変わりなかったからショックだったんじゃないかな。多分ね」
先生は笑った。
ふっと吐き出した息の音が震えていた。
「もう連絡取れないし…まぁ、嫌われてもしょうがないんだけど、私も裕貴もAが心配なの。それだけなんだ」
そう溢した彼女は、でも、と小さな声で自分に言い聞かせるように呟いた。
「いつか言うって約束したから」
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吉沢くんから話を聞いた後、喉の奥が締まってしまったみたいに、呼吸が苦しくなった。
『心配、してくれるなんて』
ふみは私のこと嫌いになってると思ってた。
いつの間にか避けられて、連絡もしなくなって。
…そんな人はもう友達なんかじゃないって、嫌われたと思ってたのに。
「…先生は、愛されてるね」
低く響いた吉沢くんの言葉に、思わず下に向けていた顔を上げた。
彼は、泣いていた。
『え…?』
そんな私の声が聞こえたのか彼は我に返ったように目を見開いた。
「あ…俺、帰るね」
『待って!』
背を向けて玄関へ歩き出した彼を慌てて引き留める。
その場に立ち止まった彼は、こっちを見ようとしない。
『本当のこと言って。亮が思ってること、全部話して』
「……」
亮はゆっくりと振り返った。
頬に涙が乾いた跡が残っていて、またその跡を伝って涙が流れていく。
私の目を見て、彼は無理に口角を引き上げた。
「…先生は、自分のことなんにも話してくれない。
周りの人みんな先生のこと心配してるのに、それにも気付いてない。愛されてることにも、気付いてない。
…先生は、忘れたいことからずっと逃げて、成長したって勘違いしてるだけだよ」
私が傷付くのはおかしいのに、紛れもない彼の本音が刺さっていく。
話してくれてありがとう、と言いかけたら、
「…ずっと、好きでした」
彼は初めて見たときと同じ綺麗な微笑みを浮かべていた。
また一筋、涙が流れた。
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那奈(プロフ) - 続きがめっちゃ気になる!!大変だと思いますが更新頑張ってください!! (2020年4月16日 15時) (レス) id: 4a3fdbf345 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:麦 | 作成日時:2020年4月7日 18時