子供のまま、痛いまま【吉沢亮】 (ページ26)

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職員室のカレンダーを見て、自分でも口角が上がるのが分かる。
楽しみだったけれど、教師になってから初めての行事という不安感も少しだけあった。
「体育大会」と赤ペンで書かれた文字は、もう二日後に迫っていた。

チャイムが鳴って授業のある教室へと歩き出す。
窓から入ってきた風はまだ暖かく、静かな夏の終わりを感じさせた。

.

「A先生～」

『ん？』

休み時間に声をかけられ振り向くと、目の前に吉沢くんが立っていた。
すると、目線を合わせるように顔を覗き込んでくる。

「明後日、体育大会あるでしょ？」

『そうだね』

「俺リレー出るからさ。ちゃんと見ててね」

『本当に！？もちろん応援するよ』

笑ってそう言えば、吉沢くんは嬉しそうにありがと、と言う。
リレーは色対抗だから、彼はクラストップの足の速さだということ。

この子には誰も敵わないんじゃないか。

冷静にそう思った。

「それだけ。じゃあね」

『はいはい』

彼は背を向けながら軽く手を振り去っていった。
嵐みたいだな、と思ってその背中を少し見つめた後、職員室へと向かった。

.

ベッドの上で三角座りをして、小さなカレンダーに書いた文字を眺める。

『良いよなぁ、体育大会…』

今日の吉沢くんの嬉しそうな顔が頭に浮かんだ。

自分の高校の頃の体育大会を思い出そうとしても時が経てば記憶は薄れていくもので、ぼんやりとしか覚えていなかった。
先生の癖のあるTシャツ、必死で走る友達の汗、ふみの笑顔、倫也と繋いだ手。

記憶の中からそこまで探り当てて、はっとした。

情けない。

昔から大嫌いなんだ。

いつまで経っても元彼を忘れられない自分が。
色褪せた記憶にすがり続ける自分が。
言い訳して前に進もうともしない自分が。

弱くてひねくれてる、こんな自分が。

長く吐いた息は、どういう意味だったのか。
自分でもよく分からなかった。

ベッドサイドのランプを消せば部屋が真っ黒に染まる。
ごそごそと布団の中に潜り込んで、何も考えない様に、目を強く瞑った。