検索窓
今日:7 hit、昨日:0 hit、合計:87,469 hit

第36話 ページ36

言葉が出てこないまま、固まるわたしの右手を、腫れ物でも扱うような優しい手つきで、大野君がすくい上げた。

「!」
「嫌なら振りほどいてください」
「ぅ、」

そう言って、じっと見つめられる。

だめ、だめだよ。

こんなの、ずるいよ。

振りほどけるわけがない。
わたしは大野君を傷つけたくないだけなのに。

真っ黒で、でも迷いのないその視線が、わたしの目を離してくれない。
振りほどけずにいるわたしの手を、大野君がゆっくりと引き寄せた。

えおえおさんの笑顔が、頭をよぎった。


えおえおさん。


えおえおさん。


「‥‥っ」

ぎゅっと目をつむると、全身がすっぽりと大野君に覆われる感覚がわかった。
ばくばくと心臓がうるさい。

背中に回った大野君の腕は、徐々に力が入ってもう剥がせそうにもなかった。

まるでわたしを、自分の中に閉じ込めようとしているような大野君の力に、嫌でもその気持ちを感じざるを得ない。


しばらくして、ゆっくりと力が抜けていく。


「‥‥‥‥」
「‥‥ぉ‥‥‥‥おおのくん‥‥」
「‥‥‥‥伝わりました?」

見上げると、こんなことした張本人のくせに、その頬は真っ赤っかで。

こくん、と、声も出さずにうなづくと、ならよかった、と静かに言った。


「‥‥‥‥帰ります」
「‥‥ぅ、ん」
「言っときますけど」
「‥‥」

大野君は、びしり、とわたしに指をさして、いつものゆるい笑顔で言った。

「あんたにスキがあるうちは、何度でも仕掛けますから」

そこんとこよろしく。



そして、彼は振り返りもせずに、バックヤードへと、消えていった。



「‥‥っ」

立っていられなくて、ぺたんと座り込む。


ばくばくばくばく。


心臓が痛い。いっそ止まれとすら思う。


ごめん。


ごめん、大野君。


ぽろぽろと、涙が零れてきた。


背中に腕が回っても、震える息遣いが聞こえても、痛いくらいの気持ちを感じても。

それでも、わたしの中にはえおえおさんがいた。

「ぅ、‥‥ううっ、」

何度も涙を拭う。

大野君が片想いをしているのはわたしで、わたしはえおえおさんが好きで。

大野君の思いを受け取ってあげられないとわかっているからこそ。

まるでわたしは当事者ではないかのように、叶わない片想いをする大野君の悲しさや切なさを。

他人事のように感じたことが悲しかった。


「‥‥‥‥、」


床が冷たい。

一旦帰ろう。

ここで泣いていても仕方ない。


最後にぐっと目元を強く拭って、立ち上がった。


第37話(E side)→←第35話



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (43 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
98人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:こばやし | 作成日時:2017年4月2日 20時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。