第36話 ページ36
言葉が出てこないまま、固まるわたしの右手を、腫れ物でも扱うような優しい手つきで、大野君がすくい上げた。
「!」
「嫌なら振りほどいてください」
「ぅ、」
そう言って、じっと見つめられる。
だめ、だめだよ。
こんなの、ずるいよ。
振りほどけるわけがない。
わたしは大野君を傷つけたくないだけなのに。
真っ黒で、でも迷いのないその視線が、わたしの目を離してくれない。
振りほどけずにいるわたしの手を、大野君がゆっくりと引き寄せた。
えおえおさんの笑顔が、頭をよぎった。
えおえおさん。
えおえおさん。
「‥‥っ」
ぎゅっと目をつむると、全身がすっぽりと大野君に覆われる感覚がわかった。
ばくばくと心臓がうるさい。
背中に回った大野君の腕は、徐々に力が入ってもう剥がせそうにもなかった。
まるでわたしを、自分の中に閉じ込めようとしているような大野君の力に、嫌でもその気持ちを感じざるを得ない。
しばらくして、ゆっくりと力が抜けていく。
「‥‥‥‥」
「‥‥ぉ‥‥‥‥おおのくん‥‥」
「‥‥‥‥伝わりました?」
見上げると、こんなことした張本人のくせに、その頬は真っ赤っかで。
こくん、と、声も出さずにうなづくと、ならよかった、と静かに言った。
「‥‥‥‥帰ります」
「‥‥ぅ、ん」
「言っときますけど」
「‥‥」
大野君は、びしり、とわたしに指をさして、いつものゆるい笑顔で言った。
「あんたにスキがあるうちは、何度でも仕掛けますから」
そこんとこよろしく。
そして、彼は振り返りもせずに、バックヤードへと、消えていった。
「‥‥っ」
立っていられなくて、ぺたんと座り込む。
ばくばくばくばく。
心臓が痛い。いっそ止まれとすら思う。
ごめん。
ごめん、大野君。
ぽろぽろと、涙が零れてきた。
背中に腕が回っても、震える息遣いが聞こえても、痛いくらいの気持ちを感じても。
それでも、わたしの中にはえおえおさんがいた。
「ぅ、‥‥ううっ、」
何度も涙を拭う。
大野君が片想いをしているのはわたしで、わたしはえおえおさんが好きで。
大野君の思いを受け取ってあげられないとわかっているからこそ。
まるでわたしは当事者ではないかのように、叶わない片想いをする大野君の悲しさや切なさを。
他人事のように感じたことが悲しかった。
「‥‥‥‥、」
床が冷たい。
一旦帰ろう。
ここで泣いていても仕方ない。
最後にぐっと目元を強く拭って、立ち上がった。
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作者名:こばやし | 作成日時:2017年4月2日 20時