第31話 ページ31
｢今度でいいんですけど｣
えおえおさんの静かな声が、沈黙を破った。
｢今度行った時は、Aさんの料理食べてみたいです｣
お酒のせいなのか、別の理由なのかはわからなかったけど、彼の頬はほんのり赤くて。
期待してしまう。
｢‥‥任せてください！｣
精一杯の笑顔で返せば、彼も笑ってくれた。
うわー、どうしよう。
すきだ。
｢和洋中、なんでもいけますけどご希望あります？｣
｢んー、和食‥‥かな｣
｢わかりました！次来られた時、特別メニューご用意しておきますね｣
｢それはテンションあがる！楽しみにしてます｣
｢ふふ、待ってます｣
大丈夫かな、ちゃんと話せてるかな。
わたしはちゃんと、笑えているかな。
えおえおさんの瞳に、わたしはどういう風にうつってますか。
ゆったりとしているようで早い、まるで川の水みたいな時間の流れの中で。
聞きたいこと、伝えたいことが言葉に出来ないのは、苦しいくらいもどかしくて。
｢じゃあ、この辺で｣
｢はい｣
交差点で、立ち止まる。
｢今日はお疲れのところ、付き合わせちゃってすみません｣
｢いえいえこちらこそ、ハードスケジュールお疲れ様でした。楽しかったです｣
｢気をつけて帰ってくださいね｣
｢えおえおさんも｣
ここからは、背中を向けてお互いの家に向かって歩いていかなければならない。
もう少し一緒にいたい。
もう少し声を聞いていたい。
また、えおえおさんが来る日を待ってるだけの毎日が、始まってしまう。
｢では｣
お互い小さく手を振って、さよならをする。
えおえおさんが先に振り返り、わたしとは反対方向へと歩き出した。
｢‥‥‥‥｣
街頭に照らされた後ろ姿が、少しずつ小さくなっていく。
せめて、見えなくなるまで。
離れるにつれて苦しくなる胸を、ぎゅっと押さえ付ける。切なすぎてどうにかなりそうだった。
程なくして、えおえおさんが立ち止まった。
｢‥‥？｣
動かないえおえおさんを見守っていると、急に彼が顔だけ振り返る。
｢！｣
振り返ったえおえおさんが、わたしを見て驚いたように目を見開いた。
お互いびっくりしていた。
距離が少し離れたまましばらく見つめ合うと、やがてえおえおさんは、身体ごとこちらに向き直ると、
｢おやすみなさい！｣
大きく、手を振ってくれた。
同じように返事をして、わたしも全身を使って手を振る。
やばい。めっちゃ好きだ。
子どもみたいにずっと手を振りあって、彼は笑っていた。
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作者名：こばやし
| 作成日時：2017年4月2日 20時
