第3話 ページ3
今日彼の目に止まったのは、焼き魚らしい。
うちの店は地方の郷土料理を専門的に扱っており、もちろん食材も直接現地の業者から仕入れているため、味はもちろん安心や安全面でもこだわりを持っている。
脂ののった連子鯛に大根おろしを添えたものと、おしんこ、お味噌汁、炊きたてのご飯をトレーに乗せて彼の元へ運ぶ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
言うてもうちは居酒屋なので、このような定食はメニューにはない。
おしんことお味噌汁はサービスである。
「いつもありがとうございます、ごゆっくりどうぞ」
いつものように笑顔でそう言えば、彼はもう一度、ありがとうございます、と呟いた。
居酒屋なのにご飯を食べに来る変わった人。
最初はその程度の印象だった。
来店回数を重ねるうちに、彼は細身のわりに結構大食であることに気付いて、今では『見た目の割に食べる人』である。
今日も彼のご飯は大盛りだ。
無事に今日の営業を終了し、場所は変わって自宅。
わたしは社宅で一人暮らしをしている。
「ただいまー」
つい癖で口を開いてしまうが、当然のように返事はこない。
こんな生活をしていると、まともな交友関係も築けないと思い始めたのはいつからだろうか。
友達とは休みが合わず次第に誘われなくなり、唯一救いだった彼氏も、すれ違いを理由に2ヶ月前にさよならをした。
仕事を理由にはしたくない。
でもやっぱり思ってしまう。
わたしが1人になったのは、仕事のせいだと。
「(社長には、年内に辞めることは伝えてある。それまでになんとか人手不足だけでも解消しないとな‥‥)」
人がいないうちはどうにも身動きは取れないし、わたしも次の稼ぎ口のアテがあるわけじゃない。
時間はまだあるから、焦らずゆっくり考えよう、自分のことだもの。
帰り道にコンビニで買ったドリアをあたためる。
「(‥‥でもやっぱり、1人は寂しいね)」
こんなとき、友達でも彼氏でもいい、話を聞いてくれる人がいたらな。
何をするわけでもなくケータイを手に取る。
でもやっぱり何もすることが無くて、すぐにしまった。
「(‥‥楽しいこと、起きないかなぁ)」
あたたまったドリアをひと口食べたが、なんだか味気ない。
1人だと美味しくないな、なんて思った矢先、不意に思い出したのは、大盛りご飯をぺろりと平らげた「お一人様」の、満足そうな横顔だった。
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作者名:こばやし | 作成日時:2017年4月2日 20時