記憶の終着点 N ページ1
時々、ふと考える。
あと百年早く生まれていたなら、どんな人生を送っていただろう。
「先日精査をご希望されましたサンプルですが、既に類似したフラグメントが多数販売されていますので、税抜きで二万円程となります」
こんな仕事をしている故に考えてしまうのだろうか。
はたまた俺だけが違和感を覚えているのか。
「え、そんな程度にしかならないんですか？
その五倍は高くつくと思ってたんだけどなあ…」
目の前の顧客はひどく残念そうに肩を落とし、だったらいいですと苦笑してみせた。
「かしこまりました。複製・販売ともにキャンセルでよろしいですね。
精査の際にお預かり致しましたサンプルは、こちらで責任を持って棄却致しますので」
顧客は俺の言葉に頷いて、それから、と話を続ける。
どうやら自らが以前定着させたフラグメントを棄却したいということらしい。
「フラグメントの棄却ですね。
オリジナルでない場合は当日棄却が可能です。
本日棄却処理をされていかれますか？」
お願いします、と言って慣れた様子で持っていた鞄から印鑑を取り出した。
この顧客はこういった手続きを何度も経験しているため、説明が省けてこちらも楽だ。
俺はいつも通り、こちらもご記入お願いしますと言って書類を差し出す。
「はいはい、あれ、ここも書くんでしたっけ、ああ要らない、はい。
…そういや二宮さん、ちょっと痩せました？
僕なんか４０越えてから全然痩せらんなくなっちゃって…」
ペンを走らせながらも冗談めかした話を振ってくる。
この人が言うに、俺は話しやすいらしい。
「はい、記入漏れはないようですので、…あ」
−２０１７年 ６月３日−
「お客様、本日の日付をお間違いですので、お手数ですが訂正をお願い致します」
間違って記入された日付に二重線を引き、ペンとともに差し出す。
「ああ、今は２１１７年ですね。百年も前の日付書いちゃって、恥ずかしい」
俺は書き直した書類を受け取って、その下半分を切り取って渡す。
「こちらの引き換えとパーソナルカードを、六階ダストフロアにて提示してください。 毎度のことで申し訳ありませんが、記憶操作に関する簡単な説明を受けていただいてから施術となりますのでご了承ください。」
ありがとうございました、と言って去っていくその人に、俺は深くお辞儀した。
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作者名：凛南＊* | 作成日時：2017年5月30日 21時
