葛藤 ページ11
『れん、らくさき……?』
思いがけないその言葉を、もう一度繰り返してしまった。バレたら絶対に怒られるし、なんならクビにされる。いくらなんでもこの職を失ったら食べていける気がしない。でも、あの先輩もお客さんと個人的に会ったりしてる、と言っていた。いや、でも。
だめ、やっちゃいけない。その理性とは裏腹に私の心は高鳴っていた。危険な香りがする感じはあるけれど、ずいぶんと前から私の心はこの人に惹かれている。
『わかりました』
そう言って差し出した携帯の画面。以前落としてヒビが入ってしまった携帯の角が、いやに恥ずかしかった。連絡先に登録されたのは甚爾さんの名前。久しぶりに増えた連絡先。名字、伏黒って言うんだ。
後戻りはできない。そんなところまで、足を踏み入れてしまった気がする。いや、もうかなり前からか。普通の女の子に戻れなくなったのは。職業を人に堂々と紹介できなくなった、その辺りからもう私は普通ではなくなっているんだろう。
「連絡する」
そう言って、甚爾さんは私より一足先にホテルを出た。お金は出させてくれなかった。きっと、ここに来る前に寄っていた居酒屋も。私は一円も出していない。
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作者名:かうみ | 作成日時:2024年1月13日 18時