煤かぶりのダ・ヴィンチ2 ページ2
「機械っつーのはそんなに面白いのか」
「…ああ!面白いに決まっている…。脂ののったビフテキより、油臭い機械のほうが断然パンが進むだろう」
機械。その言葉をアーサーが発するなり、モルガンはしきりに険悪に顰めていた面を、みるみる生き生きとほころばせ、たちまち饒舌に喋り出した。
「俺はビフテキも機械も見たことがないからわからねーや」
「あの無機物の素晴らしさが君ほどに理解できるはずもないさ。のっぺりとした表面…全反射する表面…抵抗の強い表面…様々な材質があって。最近は……投影図からあの複雑な立体を想起するのが何よりも楽しい。寸法公差を考える傍ら、研磨をしている時がなによりも愛おしい……」
「す、スンポウ…なんだって?噛み砕いて話してくれ」
「…もういい」
「はは、悪いって、機械とかそういうモノ、見慣れてねーんだよ…」
アーサーは苦笑いしながら、ポリッシュをクロスにとり、靴全体に塗り伸ばす。ポリッシュのなんともいえない匂いが、アーサーは好きだった。
「機械についてはべらぼうだけどよ。俺も、靴を磨いている時は楽しいぜ。酒を飲むときとは違う気持ちだ。…靴の馴染み、製法、ソールの削れ…どれだけ持ち主と年を重ねてきたか、大切にされているのがわかる時、愛しいきもちになる。それと同じってことだろ?」
「……同じ穴のムジナだな…」
モルガンは、興味なさげに街並みにさ迷わせていた切れ長な瞳を、せっせと動いているアーサーの手さばきにうつした。
もう働き始めて八年になるアーサーの成す技は、迷いが一切ない。モルガンはぼんやりした仏頂面のまま、目を細めた。
「それとひとつ、俺の名前はアーサーだ。」
俯いていた赤毛のつむじが、さっと上を向く。足元には、豊かな光沢をとりもどした、チョコレート色の美しい革靴があった。
「また来いよ、モルガン。こんどは自信の発明品を俺に見せてくれ」
「………覚えていたら、な。……アーサー」
モルガンは、いつもより軽くなったような自身の足元を見て、アーサーにふっと僅かに笑むと、振り返ることなく、ジャルドーレの街並みに消えていったのだった。
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